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ポケモンコレクター沼の深淵

ポケモン交換掲示板というものがある。  

その名の通りポケモン交換をするために人が出会う掲示板だ。

高いワインや高いガンダムプラモ、高いカードに恐ろしい値段がつくように、ポケモン交換掲示板でも、プレミアのつくポケモンというのがいる。  

ラッキーとかミニリュウとか、そういう「すぐ逃げるからなかなか捕まえられない」ポケモンたちや、ミュウやジラーチのような、映画前売り券限定特典ポケモンが珍しいのはご存知の方も多いだろう。  

しかし、そういう次元ではなく、ミニリュウやミュウを何体積んでも交換してもらえない、ポケモンコレクターであれば誰もが憧れる激レアポケモンたちというのがいるのだ。  

そして、ときにそれらは、人を犯罪に走らせる。 

改造で偽装したものを交換掲示板で高値で売り付ける人達が現れ、改造産か本物かを確かめてくれ、なんて依頼が掲示板で飛び交う。 

ポケモン界のそういった呪いの宝石たちを紹介しようと思う。  

 

先に断っておくと、私がポケモン交換掲示板に出入りしていたのは2013年あたりの、BWからXYへの移行期で、この記事はその時期の情報に基づいている。  

現在は全く様子が変わっている可能性もあるので、少なくとも昔はこうだったんだ、と思って読んでほしい。  

 

ポケモン交換掲示板は、純正品のポケモンはまず出回らない。  

取引の対象になるのは、乱数産、コピー産、改造産だ。  

 

乱数産とは、本体時間を調整することで疑似乱数をコントロールする乱数調整で強い個体になるように調整されたポケモンのことだ。  

疑似乱数の初期シードが本体やソフトごとに異なるため、疑似乱数を再現するソフトウェアを使っていいシードを探す。  

この疑似乱数を再現するソフトウェアを作った人は、ゲームを解析して作ったはずなので、著作権法違反である。  

そのソフトウェアを使って乱数調整をすることは、私の知ってる範囲では法律では規制されていないが、違法に作られたソフトウェアを使う以上グレーゾーンには違いない。  

 

コピー産は、主に乱数産や貴重なポケモンをバックアップ技術を使ってコピーしたもの指すことが多い。  

ゲームデータを吸い出してバックアップをすることは合法ということになっている。  

ただ、吸出しは違法な改造にもよく応用される技術であり、コピーもゲームを改造はしていないものの本来意図した用途とは異なることは間違いない。  

 

改造は、なにせ違法なので、詳しい技術はまっとうに利用している範囲だとわからないものの、違法だという共通認識を持たれている。  

改造産を取引する改造隔離掲示板もあったが、多くの善良なユーザーにとっては改造産は騙されて掴まされる爆弾のようなものだった。  

 

まず、一回のプレイで一体しか手に入らないポケモンたちは掲示板ではコピーしか出回らない。  

誰もそんな怪しい掲示板の見ず知らずの人間のために、うちのかわいいポケモンを手放したりはしたくない。  

自分で手に入れたポケモンのコピーであれば自家産と呼ばれて泊がつくが、多くのコピーポケモンは、売りに出している持ち主自体誰かからコピーをもらってきたものであることが多い。  

ひどいときは、コピーすら自分では手を染めずに誰かに外注している場合もある。  

もはや交換というより小売店の様相である。  

 

これから話すポケモンたちは、そういった世界で取引されているコピーが前提のポケモンたちだ。  

コピーすら手に入れられなくて渇望するプレイヤーが続出し、その挙げ句改造に走らせるようなポケモンたちである。  

悪い人がいるもので、簡単に誰でも改造ポケモンを作れるツールというのが、定期的に流行るのだ。  

どうしても手に入らない憧れのポケモンを、簡単に作れる、バレない、となれば手を出してしまう人も多かろう。  

 

違法なツールを作る人が、まともに善意でツールを提供してくれるわけがない。  

どんなウィルスを仕込まれるか、どんな犯罪ターゲットリストに追加されるかわかったものではないので、これを読んだ読者には憧れのポケモンを作れるツールと出会っても使わないでほしい。  

 

コレクター以外のポケモンプレイヤーにも有名なのは、映画前売り券限定配布の零度スイクンだろう。  

スイクンは金銀世代の準伝説ポケモンで、これ自体は普通のポケモンに比べれば捕獲が難しいものの、プレイしていれば誰でも手に入れるチャンスのあるものだ。  

この限定配布の通称零度スイクンの特殊なところは、通常プレイでは覚えない技、ぜったいれいどを覚えていることだ。  

これがめっぽう強い。  

どんな敵であろうと3割の確率で瀕死にする技で、期待値的には三回撃てれば一体倒せることになる。 

一体で一体倒せば勝てることを考えたら、四回撃てれば有利に立てる。 

もともとスイクンは耐久能力が高く、タイプ相性も弱点が少なくて、スイクンを3ターンで倒すのは至難の技だ。  

ポケモンバトルの基本は、お互いに有利なタイプを押し付けるサイクルだ。 

交換で有利なポケモンを出し、相手が有利なポケモンに交換してきたら、またこちらも有利なポケモンに交換する、というサイクルを繰り返す。 

交換際に交換先のポケモンに一発食らわせられるので、その交換際のダメージを蓄積し、どちらが先に耐えられなくなるかの勝負になる。  

零度スイクンはこの法則を無視して、不利なはずの相手に等しくプレッシャーをかけてくる。

どんな敵であろうと等しく確率で瀕死にするから、スイクンを出してきたと思って、水タイプのスイクンに有利な草タイプを出そう、と思うと、交換際に「ぜったいれいど」が飛んできてノックアウトされる可能性がある。

スイクンに不利な一体が倒されることと、本来ならスイクンに有利でスイクンを倒す役割を持つはずのポケモンが倒されることはまったく重みが異なる。

ポケモンバトルは3vs3だから、残りの2体に自分の手持ちに他にスイクンに有利なポケモンが残ってなくて、ぜったいれいどが決まった瞬間に負け確定なんてことがざらに起こる。  

悪魔のような性能を誇ることがおわかりいただけただろうか。 

ランキング上位に入るには零度スイクン前提なんてレベルで大流行したこともあった。 

それだけ強くて需要があるのに、こいつが期間限定の配布もので、映画前売り券を買わないと手に入らなかったのだ。  

ポケモンが同じ種類でも個体ごとに強さが異なり、廃人は厳選するというのは有名な話だと思う。 

零度スイクンにも個体差がある。  

ぜったいれいどを覚えた乱数産の強いのスイクンを持っている人は、まさに勝者、誰もが憧れるリムジンで登校してくるブルジョワジーだった。  

 

しかし、実はこの零度スイクンは、需要は高いが入手難易度としては映画前売り配布なので、貴重なポケモンの中では比較的手に入れやすい部類に入る。  

レートで言えば、二体か三体乱数をしてあげれば、コピー産零度スイクンで交換してもらえる感じだ。  

強さとか抜きにして、貴重さという点において本当にプレミアがつくポケモンたちは別にいる。 

これらは、対人戦だけやっている人たちは興味を示さないが、コレクターたちの間で高値がつくポケモンだ。  

その代表的なものが、XD産と呼ばれるポケモンたちだ。  

 

実はポケモンシリーズには、ゲームキューブポケモンコロシアムという番外編シリーズがあった。  

そして、そのポケモンコロシアムで捕まえたポケモンは、通常のポケモンシリーズに連れてくることができた。  

最初に出たポケモンコロシアムポケモンたちは、通常プレイで手に入るものとあまり差がなかったのだが、続編で出たポケモンコロシアムXDで捕まえたポケモンたちは、通常プレイでは覚えない技を覚えていた。  

こいつらが、XD産と呼ばれる、当時のコレクター達にとって一番価値の高いダイヤモンドだ。  

うたうを覚えたガラガラ、トライアタックを覚えたトゲピーなどなど。


どれだけ貴重かというと、そもそもゲームキューブポケモンコロシアムXDと、通常のポケモンシリーズとの通信環境を持っていなければ手に入らないのに加えて、このコロシアムシリーズ、通常のポケモンよりプレイ難易度がめちゃくちゃ高い。  

野生のポケモンがいないので、レベル上げができない。  

そして、モンスターボールを投げたときの捕獲率が、通常のポケモンシリーズと比べて異常に低く設定されている。  

珍しいポケモンを狙わずとも、普通にクリアするだけで難しい。  

厳選云々以前に、そもそも捕獲できないのだ。  

手に入るモンスターボールの数も限られているから、サンダーを狙って粘りすぎてボールが尽きてゲームが詰むとか、そもそも捕まえる以前にこっちが瀕死になって負けるとか、そんな事態がざらに起こる。  

 

そして、捕獲できても強い個体だとは限らない。  

XDは乱数が解明されていないので、厳選するしかない。  

そしてなんと、厳選を鬼畜にするでかい要素として、セーブポイントがかぎられている。  

フィールドのどこでもセーブできるわけではない。  

つまり、捕まえてみて個体値がよくなかったからやりなおし、となったら、セーブポイント地点からやりなおさないといけない。  

四天王のボスが使うポケモンを厳選したかったら、四天王戦を最初からやりなおさないといけない。  

非現実的だ。   

一周何時間もかかる気を張りつめっぱなしの 作業を、何百週何千周もすることを考えたら、拷問か修行かのようである。  

そしてその結果手に入るのがたかだか技がひとつ違うだけのポケモンである。  

なんのために生きているんだかわからなくなってくるが、それでもやっぱりXD産ポケモンは、コレクターにとってはそれだけの価値があるきらめく宝石に見えるのだ。  

入手が拷問だからこそ価値があり、その価値を求めて拷問を受けるのだから、もはや拷問そのものが価値を生んでいるといってもいい。  

いい個体が出るかは完全に運なので、次こそはいい個体が出るかもしれない、と希望をかけて繰り返すのである。  

時間はドブに捨てることになるが、パチンコに金を溶かすことに比べたら、ゲームキューブとXD代しかかかってない分マシかもしれない。  

 

XD産の一番人気はきんぞくおんサンダーだ。  

XD産がダイヤモンドなら、金属音サンダーは45カラットのダイヤモンドだ。  

まさに呪いの宝石。  

 

きんぞくおんを覚えたサンダーが、通常のサンダーより強いのかは微妙だと私は思う。  

きんぞくおんは相手の特殊防御力下げる技で、相手が交換するまでその相手には特殊攻撃が二倍のダメージが入るようになる技だ。  

確かにサンダーは特殊攻撃の強いポケモンなので、相性はいいが、きんぞくおんは相手が交換してしまえばそれでおしまいだ。  

きんぞくおんを覚えるポケモンは他にもいるが、普通ポケモンバトルで使われる技ではない。  

それでも、XD産ポケモンの中で、特別捕獲が難しくサンダー自体が強いポケモンなので、交換レートに高値がつき、滅多なことでは交換してもらえない。    

コピーであっても、自家乱数産コピー零度スイクンの二倍ぐらいの価値はつくだろう。 

自家ではない人からもらってきたポケモンの場合は何体積んでも相手にしてもらえない。   

もはや、勝負に勝つために貴重なポケモンを集めているのではない。  

貴重なポケモンを自慢するために勝負をしている。  

いや、もはやこういったポケモンを集めている人たちはバトルすらしてないだろう。  

きっと強い、といつか戦われたときのことを夢見て、ポケモンボックスに眠らせているのだ。  

もはや実際に強いかは関係ない。  

強そうで夢を見せてくれることが大事なのだ。  

 

ポケモンにはめざめるパワーという、個体によってタイプの異なる技がある。 

個体を厳選すれば好きなタイプを狙えるので、特殊攻撃アタッカーには人気の技だ。  

特にサンダーはステータスが高いのに他の攻撃技にあまり恵まれないため、めざめるパワーで補うことが多い。  

きんぞくおん持ちで強いめざめるパワーを持ったサンダーが、私が知ってるなかで一番高値のつくポケモンだ。  

ただし、未だに本物だと信頼できるものをお目にかかったことはない。  

私が見たことがあるのは改造の疑いが高いものばかりだった。  

本物の、めざめるパワーひこうかめざめるパワーこおりを持った、ひかえめかおくびょうの金属音サンダーがいるなら、手に入らなくてもいい、一目見てみたいものだ。  

めざめるパワーの厄介なところは、ステータスみたいに数値が高ければいい、という連続したものではないので、妥協できるラインが存在しないことだ。  

タイプが違ったら、惜しいとかではなくてまったく意味がなくなってしまう。  

 

開けてみるまで特性がわからないDX産トゲキッスの罠や、零度スイクンばりに人気のエメラルド産の地球投げラッキー、図鑑特典加速アチャモと貴重なポケモンの話題は尽きないし、色孵化乱数の技術話やお洒落ボールの文化の話も面白いと思うんだけれども、いい加減すでに長すぎて読者が飽きると思うので、一旦この辺で切り上げることにする。  

ポケモンの他の話題はまた別の時にでも。

 

情報系のバイトの探し方

よく、バイトってどうやって探しましたか、という質問を受ける。  

そういうときのパターンはだいたい、

- 大学の勉強と両立できる範囲で週二ぐらいで通いたい

- 平日なら放課後か全休を利用して。休日もOK

- 勉強になることをさせてほしい。エクセルのデータ入力とかは嫌だ

- 給料はもらえたら嬉しいけどそんなに気にしない

 

みたいなことが多い。  

私自身がそんな気持ちで血眼になって探したからわかるのだが、この条件を満たすインターンシップやバイトは少ない。  

一番厳しいのは、勤務時間と勉強になるという点の両立にある。  

まず、基本的にIT企業はサーバー監視などの例外を除いて、休日やってない。  

そして、短時間でもやらせてもらえるものは、スキルを身につける必要なくすぐ仕事をはじめられる単純作業になりがちだ。  

勉強になりそうなバイトはだいたい週16時間からとかで、週10時間で働きたいというと、 

「今までの経験から、職場にいれる時間が短いとなると、どうしても社員とのコミュニケーションが不足してなかなか難しいんだよね……できたら週20時間ぐらい来てほしい」  

と渋い顔をされる。  

 

とはいえ、探せば学生の本業を尊重し、週10時間程度の勤務でも仕事が進められるようにサポートしてくれる企業はある。  

その代わり、経験、技術、実績、なんらかの形で、短時間の勤務で成果が出せる優秀さがあることを証明するものを要求される場合が多い。  

最終的には私は今知り合いのつてで東大の研究室でバイトしているわけだけれども、その過程でみつけた、私から見てよさげなバイト、インターンシップをご紹介しましょう。  

勉強になること優先でえらんでいるので、HTMLをコピペする仕事などは入ってない。  

お金稼ぐついでに勉強になったらラッキー、程度の場合はまた他の選択肢が候補に入ってくると思う。  

 

1. MSP(microsoft student partnership)

Googleインターンシップに行く手前、浮気するようでなんだか心苦しい気がして応募しなかったやつ。  

単なるエンジニアのバイトではなくエバンジェリスト的な仕事もあるらしく、その名の通り、ほんとに「仲間」になるっぽい?  

給与情報は特に見当たらなかったのでないのかな?  

その代わりMicrosoftの製品やサービスがいろいろ割引だったり無料で使えたりするらしい。  

内部情報は知らないけれども、わりと留学に行きます✨に共通するキラキラさを感じるので、好き嫌い別れそう。  

 

https://msdn.microsoft.com/ja-jp/microsoftstudentpartners.aspx:tltle

2. サイボウズのバイト

今働きやすい企業として話題のサイボウズ。  

やはり人気で、私が応募したタイミングでは募集を締め切ってた……残念……  

2018年10月時点でまだ締め切ってる様子。 

 インターンシップ/アルバイト | サイボウズ 採用情報(新卒・キャリア)

3. Acroquestの長期インターンシップ  

無給だけれども、教育に力を入れている企業で、一生懸命学生にとっても勉強になるように考えてくれようという姿勢を感じられる企業。  

機械学習とかを実用的に使ってる数少ないイケイケな企業だと思うのでその辺に興味があれば。  

場所が横浜で、私は「交通費も出してあげられないし、遠く(千葉)から来てもらうのは申し訳ないから……」と断られてしまった。  

発達障害の支援をするために開発したアクロノートという手帳が、発達定型問わず使いやすいと評判になった、発達障害に優しい会社。  

遅刻には優しくはない。  

新卒には技術力は問わないが、インターンは問うらしい。 

やや技術より経験重視に見えたので、研究で機械学習やったことあります、とかだと多分歓迎されると思う。  

そうでなければ、チュートリアル程度でいいので、chainerとかで自分でモデル一回作ってから採用試験を受けるとだいぶ違う気がする。  

週三って書いてあるけど、多分そこは融通効く風に見えた。  

 

[長期]社風体感インターン/学生向けイベント/採用情報 / 新卒採用サイト / Acroquest Technology株式会社

4. Donutsのバイト

インターンが上質だと評判の企業らしく、私が応募したときはOKを頂いたのだけれども、東大と悩んで東大にした。  

辞退したときも採用にかけたコストが無駄になったであろうに、快く応援してくれた。  

面接の時に業務の候補を説明して選ばせてくれたけれども、自由度と権限の大きめの、バイトというより新入社員的扱いだなと感じるプロジェクトだった。  

私の時は競プロのミニサイズみたいなWebテストを受けて、その後エンジニアと面接する流れだった。  

問題の難易度的には、多分配列やforループで躓いてるようだと厳しいが、その辺の基礎的なことをきちんと書けて、緊張せずに落ち着いて問題を整理できれば、特別特殊な能力は要求されない感じ。  

インターン・アルバイト採用:採用情報 | 株式会社Donuts

 

5. fixstars

この前の若手の会で知ったばかりでまだ業務内容の質などはよくわからないけど、とりあえず時給がよい。  

そしてコピペではなさそう。  

誰か説明会なり会社見学に行ったら、教育に力を入れているのか、自由度のあるプロジェクトなのか、教えて下さい。  

インターンシップ | フィックスターズ 採用情報

 

ちなみに私がやってるバイトに興味がある人は、まずは一度うちがやってる講座イベントに来てみてください。  

公開募集しない場合もあるので、私に「次やるとき誘ってください!!」と連絡しておくと確実です。  

他にもここよさげだよ、うちのバイトも載せてみたいなのあれば教えて下さい。  

 

 

追記  

ちなみに、InfrAというインターン専門就活サイトみたいなのがありまして、私が探したときはあんまり勉強になって短時間でも大丈夫なインターンはみつからなかったのですが、  

条件次第ではちょうどいいのがあるかもしれないので一応リンクを載せておきます

長期インターン・有給インターン募集情報を探すならInfrA [インフラ インターン]

情報科学若手の会はどこまで初学者へのハードルを下げられるのか

この三連休、情報科学若手の会にはじめて参加してきました。  

帰ってブログを書くまでが若手の会ですと言われてしまったので、捻り出します。  

多分主催側は自分がいかに若手の会でよいものを得たのかを書いて新規参入を増やしてほしいのだと思いますが、私はそんな宣伝を頼まれたものを素直に宣伝して自分のブログの信頼性を落としたくないので、そんなことはしません。  

  

まず若手の会とはなんぞや、ですが、情報科学に限らず、各学問分野に存在している、勉強会を指すようです。 

他の若手の会はよく知らないけど、少なくとも情報科学若手の会に関しては、せいぜい30代前半までのコンピューターサイエンスを学ぶ意欲のある人たちが集まって、いろんな参加者のプレゼンを聞く会のようです。  

「社会人にとってはアカデミアの空気を思い出す場所」と言ってた人もいましたし、スポンサー企業にとっては学生を自社のインターンに勧誘する場でもあり、学生や初学者にとっては人脈作りの場でもあります。  

情報処理学会の企画の一環のようですが、幹事がほぼボランティアのようで、母団体が強く影響力を持っているというより、幹事の権限が大きいように見えました。

 

私は名前を聞いたとき若くして業績を上げた人たちがお互いに人脈を作る場なのかと思ったのですが、そうでもないようで、参加費さえ払えば誰でも参加できます。 

あからさまに「初学者がなんでここにいんの?」みたいな空気を出してくることもありません。  

ただ、どうしてもエンジニアの性か、専門用語がわからなくても聞ける空気ではなく、わからない人は蚊帳の外でただ聞き手になるところはあった気がします。  

質問しやすい空気作りというのは難しいものですが、初学者も恥じることなく仲間の一員として対等に受け入れているのだと、質問する資格、LTする資格なんて概念はなく、誰でも質問してLTをしていいのだと伝えられたら初学者も萎縮させずに全体にとって実りある会にできるのではないかと思ったりしました。  

多分初学者でなくとも分野が違ったら素人みたいなものだから、バックグラウンド問わず、誰でも質問できた方が、誰にとってもいい会になるだろうと思います。  

インクルーシブであるかはさておき、情報科学界隈の人脈を作るにはオススメできます。   驚くべきことに、お酒NGの名札が用意されていて、お酒を断っても嫌な顔をされないどころか、最初からそもそもお酒を勧められずに断らずに済む仕組みがありました。  

なんて配慮のある世界だ。  

がっでむ。  

セクハラ等の不愉快なこともなかったし、女性であることに言及されることもありませんでした。  

よき。いいぞ。  

ただ、チームビルディングトレーニング的なノリで、チーム戦のクイズが強制参加でした。  

なんてことだ。  

コミュ障に優しくない。  

塩をかけられたナメクジがごとく死んでしまう。  

なにをそんなに大袈裟な、社会人になったら必要なんだから、いい練習になると思うよ、と思った読者の方々はきっと若手の会に行ってもストレスなく強く生きられると思います。  

そのまま強く生きてください。  

あ、それ、私も死ぬ、と思った人は一緒に頑張って生きていきましょう。  

一応最後のアンケートに見学アリにしてくださいと要望を書いておきました。  

採用されることを祈ります。  

その他なにか疑問があればお気軽に質問してください。  

ブログコメントは三ヶ月に一回ぐらいしか見ないので、TwitterのDMに投げてもらった方がリアクションが早いです。  

フォロー外からのDMも許可しているので、下記のアカウントにお気軽にどうぞ。 

恥ずかしくて匿名がいいよって人はマシュマロもやってるはずなので探してください。  

 

七星 慧斗🐬 (@saho_london96)さんをチェックしよう https://twitter.com/saho_london96?s=09

オタクの留学と某奨学金の愚痴

とあるTからはじまる日本代表プロジェクトの奨学金もらって留学に行った。
この奨学金をもらうとエバンジェリスト活動をしてくれとお願いされる。
留学生を増やしたいという国家プロジェクトの一貫としての奨学金なので、留学がいかに素晴らしいかを宣伝してくれという話だ。
別に義務じゃなくて、やらなくても奨学金はもらえるが、事後研修はサボると金がもらえない。
その二日間かけて行われる事後研修に行くと、三時間ぐらいかけて、自分の今後のエバンジェリスト活動の計画を立てて発表させられるのだ。
講演会を開く、イベントを企画する、などのエバンジェリスト活動の事例の乗った資料を渡され、自分なりのやり方を考えろと言われる。
そしてみんな従順に、母校の高校に説明会を開かせてもらえないかお願いしてみる、とか、自分なりの活動を計画するのだ。

グなんとかバルリーダーがどうのどうのとやかましく言っているが、奨学金という恩義に報いるため、見返りもなくタダ働きをすることに疑問の声を挙げることもなく従順に従うことは、果たして本当にグローなんとかリーダーにふさわしい姿なのか。
私にはどうにも、リーダーというより権力に逆らえずに腹を見せるわんこに見えて仕方がない。

二日間拘束される。
遅刻すればキレて授業放棄した小学校の先生みたいに叱られる。
画一化された自己啓発系ワークシートの空欄に己の分析を書かされ、発表させられ、ダメ出しをされる。
アイスブレイクの挨拶に「日本人って季節に感受性が高くていいね」なんて言い出す講師がいる。
留学で一皮剥けることを「かわいい女の子がこんなに立派になったんですよ」と表現する講師もいる。
これが君たちの語る「なんとかバルリーダー」を育てるための教育か、そうか。
日本の常識を捨てろと、海外にいるつもりで、引っ込み思案にならず大胆になれと口先では言いながら、講師には、さらけ出された個性を受け入れる度量はない。
本音でぶつかれ、という言葉の配慮のなさよ。
いつどんなときでも人間は本音を隠す権利がある。
本音は命令して言わせるものじゃない。

とまあ、さんざん某奨学金をボロクソには言ったが、同意できるところもある。
私も留学する人は増えてほしい。
特に、個人的には、オタクにこそ留学に行ってほしい。
留学は別に優秀な人たちやリア充のためだけのものじゃない。
語学留学や社会科見学的なものから単位取得や研究まで、様々な留学の仕方があり、その中には自分に合ったスタイルはあるだろうと思う。
自分に合った留学がわからないのなら、私も相談に乗るし、世の中にはお金を払うとその人にあった留学を探してくれるサービスもある。

例えば、オタク趣味や発達障害で自分を否定されて育ち、自分を肯定できない人たちに、留学に行ってほしい。
大抵の他の国は日本よりオタクにも発達障害にも優しい。
居心地がいいんじゃないかと思う。
留学に行ったって日本の現実は変わらないが、その日本の現実を見る自分の目が変わる。

それから、社会、政治に期待できない、どこの政党も支持しない、行政も学校も信じない、という人にも、海外に行ってほしい。
日本の行政や学校は特殊だ。
その例だけ見て、世界中どこでも社会や学校というものは常に自分を苦しめると思っているのなら、早計だと、
海外の例を見れば、その国のそれが信用できなかったとしても、少なくとも行政も学校も自分が見てきたものより本来ずっと多様で、一概には語れないということはわかるはずだと思う。

どんな動機であれ留学に興味を持った人が、学力、語学力、金銭を理由に諦めなくて済む社会になってほしいと思う。
学習支援や奨学金で解決できるものが、そのサポートにアクセスできないがゆえに諦めなければならないのは、とても悲しい。
行ってみたいと思った人が、誰でも安心して留学に行ける社会であってほしい。

残念ながらまだそういう社会ではないが、でも私のできる範囲で手伝いたいとは思ってる。
もしこれを読んでいて、学習支援や奨学金で悩んでる人、その他留学に興味はあるけど漠然と不安で踏み切れない人がいたら、一緒に解決法を探してみるので、相談してほしい。
特に奨学金は、日本政府、地方自治体、民間、受け入れ先大学、受け入れ先政府と様々な形式、条件がある上、宣伝する気の足りてない奨学金が多くて、探すのが難しい。
留学に行った先輩方からの口伝てでしか見つけにくい情報も色々あるし、留学に行きたい人、行った人同士の人脈というのはなかなかお互い役に立つことが多い。
もし必要であれば私が紹介できる人の範囲ならいくらでも紹介しよう。
奨学金や学習サポート以外にも、生活面でも助け合うことができる。

ちなみに、悔しいことにトなんとかの奨学金は、留学内容の幅の広さ、額面共にトップクラスだ。
研修や手続きはほんとに最悪だが、なんとかタテしか選択肢がない場面は多いと思う。
2020年にはトなんとかテはお金が足りなくて終了する予定らしいので、行くなら今のうちだ。

ボロクソ言っといてなんだかんだ宣伝するというツンデレみたいなムーブをしてしまったが、トビなんとかが嫌いなのは本当だ。
留学に行って圧倒的成長を!!!みたいな押し付けとハイテンションはノーサンキュー。
留学に行くべきか、そうでないか、というのは各々の価値観に任されるべきだ。
私は、ただ、留学に行くのが当たり前の社会になってほしい。
特別なものじゃなく、当たり前に日常の中にあって、出身地域や家庭を問わずどんな人でも、ふと行ってみたいと思ったら気軽に行ける、そんな存在であってほしい。
行きたい人は行って、特別なことでもなんでもなくああ、行ったんだ、と、言われ、行かない人は行かない人でそれも当たり前で、ああ、行ってないんだ、と当たり前みたいに受け入れられる、そういうものであってほしい。
行きたい人がみんな留学に行けること、すべての人が留学についての十分な情報を知った上で留学に行くべきかどうかを判断できることが大切だと思う。

ブサイクだった私と美人ごっこをやめた私

一般に女の子は男の子よりお洒落に対する目覚めが早く、小さいときから自分で服をえり好みする、なんて言われるが、一応女の子である私のお洒落への目覚めは相当に遅かった。
私が自分の見た目というものを自分でコントロールしようという発想を得たのは、中学三年ではじめて恋をしてからだった。
どうでもいいがその恋のお相手は女の子であるあたり子供の頃の私はゴーイングマイウェイをぶっ飛ばしている。
とにかく、それまで私はド田舎のアホな中学生男子キャラと同じぐらい、自分の見た目と言うものを、まともに考えずに漠然と醜いものだとしか思っていなかった。

私は毛が多い体質で、髪の毛も恐ろしく多いが、手入れをしないと腕も足も眉も女子のわりには結構もさもさになる。
びっくりするほどきれいな一重で目も小さい。
当時は思春期にありがちな話でニキビも多かった。
髪型もよくわからないまま美容師さんに手間のかからないようにしてください、と、結べる長さのストレートに切ってもらうだけで、前髪もないワンレンだった。
あと、目が悪くて、縁が細くて楕円形の金属の、とにかくダサい眼鏡をかけていた。
そんなわけで、ふと、見た目と言うものがあることに気が付いたときには、私は1周2周どころか、到底追いつけないんじゃないか、というぐらい、おしゃれというものとの付き合い方で他の人に出遅れていた。
他の人はみんな足が細く見える紺ソックスなのに、自分一人だけ白ソックスだということに、本気で2年間気が付いていなかったのだ。
きっと多くの人は気が付かないってどういうこと?と思うだろうなということはわかるが、ほんとのほんとに靴下の色なんて意識に上ったことがなくて、ただ親に出されたものを履いているだけだったのだ。

私は小学生の頃から、男性向け女性向けを問わずライトノベルスを読み漁る子供だった。
今でも覚えているのは、とらドラで、モデルをやっているスタイルいいという設定のキャラが自分の腹の肉をつまめるということに気が付き、ショックを受けてダイエットをするというエピソードだ。
今なら、男性と女性では健康に必要な体脂肪が全く異なり、女性は20%以上必要だが、男性は一桁でも問題ないことも、
この小説を書いた男性がそういった女性の体脂肪事情に関する医学的知識は持っていないだろうことも知っている。
しかし、おしゃれや見た目というものをまったく気にしてこなかった私にとっては「つまめたらデブなんだ」としか思えなかった。

これは見た目とは関係ない話だが、子供の頃の私は常識のなさも今と比較にならないほどひどく、
小学生の頃からときどき奇行をしてはヒソヒソとなにあの子、と言われていた子供でもあった。
そんなわけで、私の当時の自己認識は、「顔もキモいし言動もキモいしデブ」であったのだ。

自分の見た目が他の人と違う、不細工である、と認識してから、私はそれはもういろいろ頑張った。
ムダ毛の処理は親もやってないから誰も教えてくれないし、剃ったら伸びてきたときにチクチクして剃ったことがバレてしまうと思って、
ネットで調べて豆乳を塗ると毛が薄くなるだとかいう怪しげなうわさを聞いて試してみたりした。
結局は大して効果を感じられなくて勇気をもって剃ることにしたのだが、
はじめて剃ったときは、不細工のくせにいっちょまえに色気づいて、目が腐る、と言われやしないか怖かった。

アイプチなんかで二重にする方法もあるのだと、その好きになった人に教えてもらって自分でいろいろ試した。
結局アイプチの類は全部まぶたがかぶれてしまって、それでも癖付けできないかとしばらく頑張っていたけど、見かねた親に止められて、
シールを貼る方法などいろいろ試した末、最終的に今はつけまを一重の折れ癖の上に被せるように貼ることで二重にしている。

髪型は、そのころに新しくできた美容院の一番人気の人に、フェイスラインを隠す小顔効果のある女の子らしい髪型にしてもらった。
美容師さんにかわいくなったねとおだてられて、私でもかわいくなれるんだ、と勇気をもらったのを覚えている。
眼鏡もやめてコンタクトにした。
スタイルよく見せるファッションも研究したし、痩せる努力もしてみた。
結局私はあまり体重変動のない体質で、大して太りも痩せもしなかったけど。

アニメとかで、子供の頃不細工でいじめられていた女の子が、大人になったらめっちゃ美人になって帰ってきた、みたいな話がよくあるが、
私は自分を、「私はこれなんだよな」と思っていた。
実際客観的に見てアニメほどの変化があったかは定かではないが、高校のクラスメートにはわざと噂話を聞こえるように大きな声でしゃべる趣味の悪い男子がいて、
高3のころには、そいつが私のことをすごい変わった、かわいくなったと言っていたのが聞こえた。

大学からの知り合いは、私のこういう側面を知らないと思う。
ファッションもパンツメインからスカートメインに変えたというのもあるけど、
周囲の層が、文系も理系もごった煮な都内のエリート私服高校から、田舎の国立大学の冴えない理系学部、理系オタククラブになったから、
相対的に大学での私のキャラは、こんな冴えないオタクの集まりに似つかわしくないキラキラした文系っぽい女子、だったはずだ。
大学からの知り合いは変わろうとする前や変わろうとしている最中の私のイタさを見てない。
ある程度スタイルが確立して、Cancam女子ってこんなもんなんでしょ、というのをわかってきている私しか彼らは見てない。

結局見た目が変わろうと私の卑屈さは変わりはしなかった。
生きているだけで周りの人に汚いものを見せて迷惑をかけている、という意識から、
外側だけきれいな包装で包んだけど、少しでも漏れたらバレてしまうという恐怖に変わっただけだった。
なにがバレるのかの正体はわからないが、とにかく私の本質は人間にとってヘドロのようなものなのだと思い込んでいて、
パッと見きれいな包装からヘドロが出てきたら、さぞショックさろう、裏切られたと思うだろう、最初からヘドロよりよっぽどひどいだろう、と思っていた。

こうして思い出しながら書いていると、そういえば私って昔そうだった、と懐かしい気持ちになる。
結局自分はヘドロだという意識を捨てるために必要だったのは、見た目を変えることではなく、考え方を変えることだった。

最近の私のテーマは、男でも女でもない私自身として生きていくことだ。
ファッションもそれに合わせて、中性的なものにした。
髪型も後頭部を刈り上げるベリーショートにしてもらったし、コンタクトをやめて、中性的な眼鏡を作り直した。
自分の見た目は他人を楽しませるためのものじゃなくて自分を表現するためのものだ、という思いを主張するために、わざと浮くような奇抜な服を着たりする。
TPOをまったく無視していいとは思わないし、それで点数にマイナスをつけられたらいやだから必要なときはドレスコードに従うが、
基本的には自分の体は親のものでも他人の物でもなくて自分のものだし、自分の見た目も自分のものだ。
ずっと、誠実に見えるメイクを学んできたが、最近はもっと純粋に自分自身自分が好きだと思える顔になるのを楽しんでいる。
私の趣味は厨二臭いので、パープルのベースで顔色が悪いような青白い肌色にして、わざとくまのように下まぶたに暗い紫のアイシャドウをのせるのだ。
そうすると、自分がダークヒーローにでもなったかのようで、すごくテンションが上がる。
見た目は昔の方が健康的美人方向で、今の方がメンヘラに見えると思うが、思想的には随分健全になったと思う。
自分の見た目は、自分のためのものだ。
パソコンのデスクトップ画像が自分が見て幸せになれるものがいい。
デスクの上には、見ただけで幸福になれるフィギュアが並んでいてほしい。
そして鏡に映る自分も自分でぐっとくる見た目であってほしい。
そんな風に、シンプルに生きよう。

自分の好きな格好をするという尊厳

髪を切った。
長らく、地元の美容院で髪を切ってもらっていて、私はずっと短くしたい、短くしたい、と言っていたのだけれど、
担当の美容師さんに似合わないから、と言われて、ずっとボブからセミロングの間を行き来する量産型女子大生になっていた。

量産型女子大生 - Google 検索

その人はおしゃれなどなにも知らなかった高校生の私をそこそこ社会に出せる見た目に仕立て上げてくれた恩師ではあるし、
恨んでいるわけではないのだけれど、コスプレをして、ウィッグを被るときに髪が邪魔だなと思って、
あと、「ななちゃんはかっこよくなるのは無理でしょ」と笑われて、
この人とこのまま付き合ってたら自分の自尊心が削り取られる気がして、美容師を変えることにした。

シンガポールの人たちは、町中を結構カジュアルな恰好で出歩いているし、
インド系とかマレー系の人たちがそれぞれの民族衣装で普通に街を歩いているし、
なんだから私も、民族衣装とかコスプレとか変な格好で出歩いてても大丈夫なんじゃないか、って謎の勇気が出て、
最初美容師を変えたらワンレンボブとかにしようと思ってたけど、
もっと思いっきり短くしてもいいんじゃないかって気分になってきた。

ほんとは髪を切るのはもっと先にしようと思ってたけど、シンガポールから帰国して、
髪を乾かして寝ないと風邪をひきそうな気温で、髪をまともに乾かすようになったら、
髪がなかなか乾かなくて、どうせ切るなら早く切ったほうが乾くのも早そうで合理的に思えたので、
思い立ったが吉日、とその翌日予約をし、昨日切ってきた。

背が低いから、とか、口が小さいから、とか、髪が直毛すぎるから、とか、気になることはいっぱいあったし、
前の美容師さんだけじゃなくてお母さんにも、あの人が似合わないって言うなら似合わないんでしょ、やめとけば、って言われてたけど、
やってみて似合わないことを自分で確認しないと納得できないから、と
「男か女かわからないぐらいバッサリ切ってください」とお願いして、切ってもらった。

バンドマンが顔に前髪がかかってて振り乱して歌って踊るみたいな、オタクっぽい感じにしたい、
とかいう謎の私の説明を、美容師さんはちゃんと理解して、バッサリ切ってくれた。
多分、私の髪が多くて直毛だからだと思うけど、
バンドマンよりだいぶきちんときれいな感じの、宝石の国のアンタークチサイトみたいな髪型になった。

キャラクター -TVアニメ『宝石の国』公式サイト-

上手に切ってくれたおかげで、別にちぐはぐ感もなく、美容師さんも会う人もみんな、
(お世辞かもしれないけど)似合うって言ってくれて、なんとなく、自分も「最初から私はこっちだったんだ」みたいな気分になってきた。

多分はじめてではないんだろうけど、はじめて、周りになじむためとか、怒られないためじゃなくて、
自分らしくあるために自分で自分の見た目を選択した、って気がしてきて、
ようやく大人になれたような、
誰に保証してもらわなくても、自分で自分の生き方を選んでいける自信に満たされたような気がした。

女性は失恋すると髪を切る、というの、まったくの都市伝説だと思っていたけど、
愛されるために自分を押し込めていた女性という役割の型を、失恋を期にとっぱらうために、
髪を切る、ということはあるのかもしれないな、と思った。

多分、今の日本の社会は、普通に育つと、たくさんのドレスコードの呪縛をかけられて生きることになる。
私は、子供のころから親に、ノースリーブを着ると寒いでしょ、と袖のある服を着せられ、
チェックのシャツに花柄のスカートをはくと、柄に柄は変だよ、と着替えさせられた。

でも、そんなことにさほど意味なんてないでしょう。
私は、白が好きだから、全身白い服が着たい。
白いセーターに白いスカートをはいたり、白いブラウスに白いズボンをはいたりしたい。
大学に白いドレスで通学したい。
これからはそういう恰好をしていこうと思う。
幸い、今の私の周囲の環境はそれほどファッションチェックにうるさい人はいないし、
流石にちょっと変って思われるかもしれないけど、
多分だからって話さないとか言い出すひとはいないし、これは、私が私であるために
私が誰かの操り人形ではなく、私の人生を生きていると感じるために、きっと大切なことだ。

私の親が無理解なわけではないと思う。
この呪縛は、具体的に誰ってこともない社会全体から、具体的に誰ってこともない全ての人にかけられた呪いで、
別に明確な加害者も被害者もいない。
ただ、これからの私たちが自由に生きていくために、次の世代が自分の尊厳を大切にできるように育てるために、
もうそういう暗黙のドレスコードは全部やめにしないか。

Googleインターンシップでの話で、Googleドレスコードは、何かを着ていること、であり、
下着を着ていれば何かは着ているので十分なのだろう、という話を聞いた。
Quote by Eric Schmidt: “Google dress code was: "You must wear something".” 実際下着で出勤している人はみなかったけど、
私がスカートでいすの上でたてひざをたててパンツ丸見えでも特に誰もなにも言わなかったし、
視線すら感じなかったので、ほんとに下着で出勤してくる人がいても誰もなにも言わなくてもおかしくないと思う。
ただ、googleに着くまでの公道を歩いているときはその所在地の法律や条例に縛られるので、
現実的には会社についてからわざわざ下着姿に着替える必要があるかもしれないが。

Googleインターンに行ったときに、私ははじめて、
好きな服を着ることがこんなにも尊厳に密接していたということを理解した。
もっとファッションにこだわりのある人たちはもっと若いころから知っていたのかもしれないけど、
自分の格好に無頓着だった私は、このときようやく、自分が今までいかに束縛されていたかを自覚した。
ファッションに無頓着な私でもそうなんだから、
きっと、自覚していなくても、ほとんどの人にとって服装を自由に選択できることってとても大切だと思う。

髪の黒染め強要のニュースは、私にはとても痛ましく見える。
黒染めを強要されることで学生たちの大切な部分が、傷ついて悲鳴を上げているのが聞こえるような気がする。
性別にも、年齢にも、体型にも関わらず、すべての人が自分の着たい服が着れますように。
もっと各ファッションブランドがサイズのバリエーションを増やしてくれますように。
早く学校の制服が選択制になりますように。

フェミニズムが男性に負担を強いる問題について

のぶみの「あたしおかあさんだから」の騒動をご存知だろうか。 本題と逸れるので割愛したいところだけど、人によっては全く異なった認識をしているかもしれないので、私の認識を共有するためにここでも流れを簡単に説明しておこう。

母親に恵まれず、「おかあさん」という概念に対するコンプレックスを解消できないまま大人になった男性絵本作家のぶみ。
「おかあさん」を過度に美化し高いハードルを要求する絵本を描き続けてきたが、ついにたくさんの子どもとお母さんの目に触れるだいすけおにいさんの歌として、その「おかあさん」に対する歪んだイメージ像を歌詞に乗せて発信するに至る。
「あたしおかあさんだから」と繰り返し、自分の人生を楽しんでいた若い女性が「おかあさん」になるために自分の楽しみを抑圧していく様を描いたその歌詞は、背景を知らなかった私などには、一見とても美しく芸術的に残酷なバッドエンドの物語に見えるほどだった。
しかし、前々からのぶみの思想を知り、問題視していた層によると、本人はハッピーエンド、美談だと思って描いているらしく、NHKというメディアによって、「おかあさん」に高すぎるハードルを要求する思想が、おかあさんや子供たちにバラ撒かれる、と危惧して炎上。
母親にかかる過度のプレッシャーが、虐待などを引き起こす可能性も指摘されている。

という状況。
もちろんこれは私の認識している範囲では、という話であり、人の数だけ見方があると思うけど、この記事はこの見方を前提に書かれている。
今回の本題は、のぶみへの批判に限らず、最近度々目にする「父親が育児を負担してないのはおかしい」という主張について、だ。

母親ばかりが育児を負担するのはおかしい。
父親も母親に甘えてあぐらをかいて負担を押し付けていないで育児に参加するべきだ。
その気持ちはごもっともではある。

しかし、私はそこに妙にひっかかるものを感じずにはいられない。
最近は「家事を頑張っても半分は負担してないから妻には褒めてもらえない。家事のために仕事を早退すると、理解のない上司からは冷めた目で見られる。板挟みで辛い。女ばかり家事を負担するのがよくないことはわかっているが、自分の中に染み付いた男尊女卑思想がどうしても時折鎌首をもたげ、モヤモヤした気持ちを抱えることになる」といったような趣旨の男性の発言をよく見る。
フェミニズムの理想は、誰も性別の役割に縛られない、プレッシャーを感じない、自由で幸福な社会であるはずだ。
男性であっても、父親という役割に縛られストレスを強いられるのは、フェミニズムの目指すべき社会とは私は思えない。
少なくとも私の思うフェミニズムはそうだ。

以前見たツイートで、「学校の体育の授業の前後、男子は教室で着替えて女子が更衣室まで行かなければならない問題が学級の議題に上がった際に、本来は学校が男女両方に更衣室を用意すべきであると指摘した生徒がいた」というものがある。
そのツイートの結末は、よって学校の責任なので女子は授業に遅刻しても甘く見る、と交渉してもぎとったというものだったけど。
この話もそうではないだろうか。

本来、社会が、父親も母親も育児に縛られず自分自身の自由な人生を生きられるようサポートするべきなのではないか。
保育園であったり、ベビーシッターであったり、会社で子供を受け入れるシステムであったり。

もちろん、女性にだけ家事や育児の負担を強いてきたことを棚に上げて、男性に育児を強いることを責めるのはアンフェアだ。
父親に育児の半分を要求することがおかしかったとしても、母親に育児の大半を要求することは絶対にもっとおかしい。
父親に育児を要求することの問題が追求されるより先に、母親に育児が要求されることの問題が追求されるべきだ。

しかし、父親と母親育児を半分ずつ負担しましょうね、というのも現実との妥協でしかなく、理想ではない、ということに目を向けなくては、幸福な社会というのは築けないのではないだろうか。
母親はもちろん、父親も育児から開放されるのが理想で、それがすぐには実現できないゆえに、現実との妥協として、父親も半分負担してくれ、という主張が自然なのではないだろうか。

そう思えば、前述した、フェミニズムミソジニーの板挟みで苦しむ男性たちについても、君たちの敵はフェミニズムではない、と、育児の負担をサポートしてくれない社会であると、その行き場のないストレスは、育児の支援をしない会社と保育園不足を解消しようとしない政府に向けろ、という解答を出すことができるし、それは私にはいかにも筋が通っているように思える。

私の個人的な思い入れの話になってしまうが、私の母は典型的なその世代の母親で、私を出産したあと仕事をやめ、私と家族のために尽くした。
私にはそれがプレッシャーでならなくて、実家に住んでいた頃は、母親の「私はこんなにも理想の母親なのに、なんであなたは」という眼差しに随分追い詰められた。

真っ先に、母親に母親としての役割を求めることをやめよう。
そして、それと同様に、父親にも父親の役割を求めることをやめよう。
子育ては、親は自分がしたい分だけして、負担に感じる部分は社会にアウトソーシングする。
血縁である親だからこそ与えられるものがある、なんて非科学的な発想は捨ててしまえ。
負担が、誰か一人にかかりすぎてしまわないように、家族ひとつひとつの能力とニーズに合わせて、柔軟に社会が負担を分散して吸収する。
そんな社会のほうが、きっと子供ものびのびと健全に自尊心を育める。