コンパクトでない空間

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自分の好きな格好をするという尊厳

髪を切った。
長らく、地元の美容院で髪を切ってもらっていて、私はずっと短くしたい、短くしたい、と言っていたのだけれど、
担当の美容師さんに似合わないから、と言われて、ずっとボブからセミロングの間を行き来する量産型女子大生になっていた。

量産型女子大生 - Google 検索

その人はおしゃれなどなにも知らなかった高校生の私をそこそこ社会に出せる見た目に仕立て上げてくれた恩師ではあるし、
恨んでいるわけではないのだけれど、コスプレをして、ウィッグを被るときに髪が邪魔だなと思って、
あと、「ななちゃんはかっこよくなるのは無理でしょ」と笑われて、
この人とこのまま付き合ってたら自分の自尊心が削り取られる気がして、美容師を変えることにした。

シンガポールの人たちは、町中を結構カジュアルな恰好で出歩いているし、
インド系とかマレー系の人たちがそれぞれの民族衣装で普通に街を歩いているし、
なんだから私も、民族衣装とかコスプレとか変な格好で出歩いてても大丈夫なんじゃないか、って謎の勇気が出て、
最初美容師を変えたらワンレンボブとかにしようと思ってたけど、
もっと思いっきり短くしてもいいんじゃないかって気分になってきた。

ほんとは髪を切るのはもっと先にしようと思ってたけど、シンガポールから帰国して、
髪を乾かして寝ないと風邪をひきそうな気温で、髪をまともに乾かすようになったら、
髪がなかなか乾かなくて、どうせ切るなら早く切ったほうが乾くのも早そうで合理的に思えたので、
思い立ったが吉日、とその翌日予約をし、昨日切ってきた。

背が低いから、とか、口が小さいから、とか、髪が直毛すぎるから、とか、気になることはいっぱいあったし、
前の美容師さんだけじゃなくてお母さんにも、あの人が似合わないって言うなら似合わないんでしょ、やめとけば、って言われてたけど、
やってみて似合わないことを自分で確認しないと納得できないから、と
「男か女かわからないぐらいバッサリ切ってください」とお願いして、切ってもらった。

バンドマンが顔に前髪がかかってて振り乱して歌って踊るみたいな、オタクっぽい感じにしたい、
とかいう謎の私の説明を、美容師さんはちゃんと理解して、バッサリ切ってくれた。
多分、私の髪が多くて直毛だからだと思うけど、
バンドマンよりだいぶきちんときれいな感じの、宝石の国のアンタークチサイトみたいな髪型になった。

キャラクター -TVアニメ『宝石の国』公式サイト-

上手に切ってくれたおかげで、別にちぐはぐ感もなく、美容師さんも会う人もみんな、
(お世辞かもしれないけど)似合うって言ってくれて、なんとなく、自分も「最初から私はこっちだったんだ」みたいな気分になってきた。

多分はじめてではないんだろうけど、はじめて、周りになじむためとか、怒られないためじゃなくて、
自分らしくあるために自分で自分の見た目を選択した、って気がしてきて、
ようやく大人になれたような、
誰に保証してもらわなくても、自分で自分の生き方を選んでいける自信に満たされたような気がした。

女性は失恋すると髪を切る、というの、まったくの都市伝説だと思っていたけど、
愛されるために自分を押し込めていた女性という役割の型を、失恋を期にとっぱらうために、
髪を切る、ということはあるのかもしれないな、と思った。

多分、今の日本の社会は、普通に育つと、たくさんのドレスコードの呪縛をかけられて生きることになる。
私は、子供のころから親に、ノースリーブを着ると寒いでしょ、と袖のある服を着せられ、
チェックのシャツに花柄のスカートをはくと、柄に柄は変だよ、と着替えさせられた。

でも、そんなことにさほど意味なんてないでしょう。
私は、白が好きだから、全身白い服が着たい。
白いセーターに白いスカートをはいたり、白いブラウスに白いズボンをはいたりしたい。
大学に白いドレスで通学したい。
これからはそういう恰好をしていこうと思う。
幸い、今の私の周囲の環境はそれほどファッションチェックにうるさい人はいないし、
流石にちょっと変って思われるかもしれないけど、
多分だからって話さないとか言い出すひとはいないし、これは、私が私であるために
私が誰かの操り人形ではなく、私の人生を生きていると感じるために、きっと大切なことだ。

私の親が無理解なわけではないと思う。
この呪縛は、具体的に誰ってこともない社会全体から、具体的に誰ってこともない全ての人にかけられた呪いで、
別に明確な加害者も被害者もいない。
ただ、これからの私たちが自由に生きていくために、次の世代が自分の尊厳を大切にできるように育てるために、
もうそういう暗黙のドレスコードは全部やめにしないか。

Googleインターンシップでの話で、Googleドレスコードは、何かを着ていること、であり、
下着を着ていれば何かは着ているので十分なのだろう、という話を聞いた。
Quote by Eric Schmidt: “Google dress code was: "You must wear something".” 実際下着で出勤している人はみなかったけど、
私がスカートでいすの上でたてひざをたててパンツ丸見えでも特に誰もなにも言わなかったし、
視線すら感じなかったので、ほんとに下着で出勤してくる人がいても誰もなにも言わなくてもおかしくないと思う。
ただ、googleに着くまでの公道を歩いているときはその所在地の法律や条例に縛られるので、
現実的には会社についてからわざわざ下着姿に着替える必要があるかもしれないが。

Googleインターンに行ったときに、私ははじめて、
好きな服を着ることがこんなにも尊厳に密接していたということを理解した。
もっとファッションにこだわりのある人たちはもっと若いころから知っていたのかもしれないけど、
自分の格好に無頓着だった私は、このときようやく、自分が今までいかに束縛されていたかを自覚した。
ファッションに無頓着な私でもそうなんだから、
きっと、自覚していなくても、ほとんどの人にとって服装を自由に選択できることってとても大切だと思う。

髪の黒染め強要のニュースは、私にはとても痛ましく見える。
黒染めを強要されることで学生たちの大切な部分が、傷ついて悲鳴を上げているのが聞こえるような気がする。
性別にも、年齢にも、体型にも関わらず、すべての人が自分の着たい服が着れますように。
もっと各ファッションブランドがサイズのバリエーションを増やしてくれますように。
早く学校の制服が選択制になりますように。

フェミニズムが男性に負担を強いる問題について

のぶみの「あたしおかあさんだから」の騒動をご存知だろうか。 本題と逸れるので割愛したいところだけど、人によっては全く異なった認識をしているかもしれないので、私の認識を共有するためにここでも流れを簡単に説明しておこう。

母親に恵まれず、「おかあさん」という概念に対するコンプレックスを解消できないまま大人になった男性絵本作家のぶみ。
「おかあさん」を過度に美化し高いハードルを要求する絵本を描き続けてきたが、ついにたくさんの子どもとお母さんの目に触れるだいすけおにいさんの歌として、その「おかあさん」に対する歪んだイメージ像を歌詞に乗せて発信するに至る。
「あたしおかあさんだから」と繰り返し、自分の人生を楽しんでいた若い女性が「おかあさん」になるために自分の楽しみを抑圧していく様を描いたその歌詞は、背景を知らなかった私などには、一見とても美しく芸術的に残酷なバッドエンドの物語に見えるほどだった。
しかし、前々からのぶみの思想を知り、問題視していた層によると、本人はハッピーエンド、美談だと思って描いているらしく、NHKというメディアによって、「おかあさん」に高すぎるハードルを要求する思想が、おかあさんや子供たちにバラ撒かれる、と危惧して炎上。
母親にかかる過度のプレッシャーが、虐待などを引き起こす可能性も指摘されている。

という状況。
もちろんこれは私の認識している範囲では、という話であり、人の数だけ見方があると思うけど、この記事はこの見方を前提に書かれている。
今回の本題は、のぶみへの批判に限らず、最近度々目にする「父親が育児を負担してないのはおかしい」という主張について、だ。

母親ばかりが育児を負担するのはおかしい。
父親も母親に甘えてあぐらをかいて負担を押し付けていないで育児に参加するべきだ。
その気持ちはごもっともではある。

しかし、私はそこに妙にひっかかるものを感じずにはいられない。
最近は「家事を頑張っても半分は負担してないから妻には褒めてもらえない。家事のために仕事を早退すると、理解のない上司からは冷めた目で見られる。板挟みで辛い。女ばかり家事を負担するのがよくないことはわかっているが、自分の中に染み付いた男尊女卑思想がどうしても時折鎌首をもたげ、モヤモヤした気持ちを抱えることになる」といったような趣旨の男性の発言をよく見る。
フェミニズムの理想は、誰も性別の役割に縛られない、プレッシャーを感じない、自由で幸福な社会であるはずだ。
男性であっても、父親という役割に縛られストレスを強いられるのは、フェミニズムの目指すべき社会とは私は思えない。
少なくとも私の思うフェミニズムはそうだ。

以前見たツイートで、「学校の体育の授業の前後、男子は教室で着替えて女子が更衣室まで行かなければならない問題が学級の議題に上がった際に、本来は学校が男女両方に更衣室を用意すべきであると指摘した生徒がいた」というものがある。
そのツイートの結末は、よって学校の責任なので女子は授業に遅刻しても甘く見る、と交渉してもぎとったというものだったけど。
この話もそうではないだろうか。

本来、社会が、父親も母親も育児に縛られず自分自身の自由な人生を生きられるようサポートするべきなのではないか。
保育園であったり、ベビーシッターであったり、会社で子供を受け入れるシステムであったり。

もちろん、女性にだけ家事や育児の負担を強いてきたことを棚に上げて、男性に育児を強いることを責めるのはアンフェアだ。
父親に育児の半分を要求することがおかしかったとしても、母親に育児の大半を要求することは絶対にもっとおかしい。
父親に育児を要求することの問題が追求されるより先に、母親に育児が要求されることの問題が追求されるべきだ。

しかし、父親と母親育児を半分ずつ負担しましょうね、というのも現実との妥協でしかなく、理想ではない、ということに目を向けなくては、幸福な社会というのは築けないのではないだろうか。
母親はもちろん、父親も育児から開放されるのが理想で、それがすぐには実現できないゆえに、現実との妥協として、父親も半分負担してくれ、という主張が自然なのではないだろうか。

そう思えば、前述した、フェミニズムミソジニーの板挟みで苦しむ男性たちについても、君たちの敵はフェミニズムではない、と、育児の負担をサポートしてくれない社会であると、その行き場のないストレスは、育児の支援をしない会社と保育園不足を解消しようとしない政府に向けろ、という解答を出すことができるし、それは私にはいかにも筋が通っているように思える。

私の個人的な思い入れの話になってしまうが、私の母は典型的なその世代の母親で、私を出産したあと仕事をやめ、私と家族のために尽くした。
私にはそれがプレッシャーでならなくて、実家に住んでいた頃は、母親の「私はこんなにも理想の母親なのに、なんであなたは」という眼差しに随分追い詰められた。

真っ先に、母親に母親としての役割を求めることをやめよう。
そして、それと同様に、父親にも父親の役割を求めることをやめよう。
子育ては、親は自分がしたい分だけして、負担に感じる部分は社会にアウトソーシングする。
血縁である親だからこそ与えられるものがある、なんて非科学的な発想は捨ててしまえ。
負担が、誰か一人にかかりすぎてしまわないように、家族ひとつひとつの能力とニーズに合わせて、柔軟に社会が負担を分散して吸収する。
そんな社会のほうが、きっと子供ものびのびと健全に自尊心を育める。

「^^」おじさんども、心して聞きなさい。これがJDの本音だ

今回は終始ただの愚痴なんだけども。
こういうことを言ってくるおじさんが結構いる。

^^おじさん「ななちゃん、久しぶり。元気?^^」
私「おかげさまで」
おじさん「最近どう?春休みはどこかいくの?」
私「いつも通りです。今度はシンガポールに留学に行きますよ」
おじさん「どのぐらいいくの?」
私「1月から3月の3か月です」
おじさん「へえ、長いね!彼氏寂しがるんじゃない?」
私「寂しがってますね」
おじさん「いい彼氏だね。大切にしなよ^^」
私「そうします」
おじさん「話してくれてありがとう、じゃあ気をつけて行ってきてね^^」
私「ありがとうございます」

この手の会話、もう何回したかわからない。
正直同じ会話を二回させられるだけでこっちとしてはうんざりだ。
「ありがとう」と言われたから好感触、とか思われていそうな気がする。
こちらとしては、「言われた」ではなく「言わせた」だろうが、という印象なんだけど。

こういうおじさんたちは、大抵、一年に1~3回ぐらいの頻度で連絡を入れてきて、彼氏がいることを確認するとスッと話題を切る。
身に覚えのある人もいるんじゃなかろうか。
これで、付き合えると本気で思っているのか、私ははなはだ疑問である。
身に覚えのある方々、心して聞いてほしい。

本人はうまく隠しているつもりなのかもしれないが、「彼氏がいるなら用はないや。別れたらアタックしよう」という魂胆はバレバレである。
まっとうなら、彼氏というプライバシーにこっちから話題も出してないのに軽率に踏み込んできたりなどしない。
それをわざわざデリカシーもなくずけずけと踏み込んできた上、彼氏と円満とわかるとすぐに会話を切る。
こんな会話は「お前など、付き合えるという報酬がないならわざわざ時間を割くような価値がないも同然だ」と言われているに等しい。
そんな態度が見え透いている人と、たとえ彼氏と別れたとして、付き合いたいと思うと思っているのか。
別に、「^^」おじさんたちと連絡を取らずとも、私の身の回りには彼氏以外にもたくさん友達がいる。
彼らは日々、私に新しい世界を見せてくれるし、思考が行き詰ったときに打開のきっかけを与えてくれるし、不安になったとき大丈夫だと言い聞かせて支えてくれる。
私も彼らが困っていれば一緒にどう打開するか考える。
そうやって、お互いに少しずつ信頼を積み重ねた友達がいるのだ。
たとえ彼氏と別れたとして、どうしてわざわざ彼氏のいる私のことを価値がないと断じて捨てた「^^」おじさんを選ぶことがあろうか。

ステータスが目当てで相手が信頼できるかは問わないという人同士ならそれでうまくいくのだろう。
社会制度の恩恵を受けるための、恋愛を伴わない形式的な結婚も私は否定しない。
ただ、そうであればそうだと最初から相手に開示しておくのが誠実ではないだろうか。
口先では恋愛の形を取りながら、相手への敬意を伴わずに利用しようとするのは、誠実さに欠ける。
そんなんなら、「婚活してるんだ。だから、別れたらアプローチするから教えて」と言われた方が「私は婚活してないから」「私も婚活はじめたらね」と断れるだけまだマシだ、という話だ。
その方がおじさん側も脈なしの相手に無駄に時間を使わなくてすむし、合理的じゃないか。

女は犬猫とちがって、同じ人間だし、同じ人間なりの意思と知性があり、言語を話す。
特別男と比べて知性が劣るわけではなく、男と同じぐらい馬鹿で、男と同じぐらい賢い。
立場を利用せず、相手の意思を尊重しようという姿勢をもって誠実に誘えば、yesであれnoであれ誠実な答えが返ってくる。
たとえその答えがnoだったとしても、そのnoに誠実に答えることが、信頼を一歩深めることに繋がるはずだ。

恋愛をよく狩りにたとえることがあるけど、私はあれに賛同できない。
「お持ち帰り」にしろ「落とす」にしろ、相手の意思を自分の思い通りに操作できるなんて思い上がりも甚だしい。
騙して得た契約はいつか破綻する。
「セックスしませんか」「付き合いませんか」「結婚しませんか」と、最初から懇切丁寧に条件を開示して、合意の上で契約するべきだ。
きっとその方がお互い幸せな関係になるだろう。

ギルドで姫をしていたネトゲ廃人中学生の話

最近WHOがゲーム依存を病気認定したとかなんとかの話題で思い出したっていうだけの話で、別にWHOの決定に賛成とか反対だとかいう話ではないんだけど、ネトゲ廃人の女子中学生が課金アイテムを貢がせて姫をしていたなんて話はちょっと一般人には物珍しくうつるかな、と思って書くことにしてみた。
私は物語を盛り上げるようなセンスはなく、ただ淡々とあった事実を書いていくだけなので、読み物としてはまったく面白くないと思う。
物珍しくて興味深いなと思った人だけ読んでくれればいい。
なにを感じるのも読む人の自由だと思うので、それぞれ好きに読んでいて構わないけど、願わくば、姫だとかネトゲ廃人だとか独り歩きしてしまった言葉の真相がどういったものであるのか、なにそれ怖いと蓋をしてしまわずに直視するきっかけになってくれればうれしいなと思う。

私は小学校高学年のころからネトゲライトノベルが好きだったので、ファミ通文庫の出しているモンスターハンターシリーズも読んだし、それをきっかけにモンスターハンターフロンティア(MHF)というネトゲに手を出したりもしていた。
当時私は中学一年生で、月額3000円近い課金には手を出せずに、レベルが2から上がらない無料お試しプランでログインし、もっぱらゲームはプレイせずに猟団部屋(ギルドルームに相当する概念)で駄弁るばかりだった。
この頃から既に、男にモテる女の話し方の特徴7つ、みたいな感じのいろいろを読み漁り、聞き上手、誉め上手を目指して会話をしていた気がする。
なんでそんなことをしようと思ったのかは覚えてはいないけど、少なくとも金銭目当てではなかったことは確かだ。
相手に喜んでほしかったのか、他人に求められることで自分には価値があると安心したかったのかは、もう忘れてしまった。
そこで出会ったN氏が私のオタサーの姫プレイの最初の被害者となる。
N氏は20代後半だったと記憶しているが、いたく私をかわいがり、「MHFにも飽きてきた。MoEというネトゲに移動するが、ついてこないか」と声をかけた。
このMaster of Epicというネトゲが私の人生に一生残る杭を突き刺したゲームである。

当時はメイプルストーリーとかノーステイルとかそんな感じのかわいらしいゲームが流行っていたけれども、MoEはリアル調3Dのゲームで、自由度が恐ろしく高いゲームだった。
ヒル型の便器のスカートとか、たい焼きの被り物とか、わけのわからん変態的装備がいっぱいある、カオスに満ち溢れた世界で、私はそこがいたく気に入り、適当にその辺でたむろしていたフェローシップ(ギルドに相当する概念。FS)に入り、そのコミュニティに居ついた。
N氏は私に「効率のいいゲーム内通貨の稼ぎ方を見つけた。それには自分ともう一人必要だ。必要なアイテム等はこちらで用意するから、バイトしないか。報酬にゲーム内通貨でオークションで課金アイテムを買ってやる」と話をもちかけ、それからしばらく私はFSの人たちと遊ぶ傍ら、N氏の元でバイトをしていた。
そのころから私はややN氏に合わないという感覚を抱きはじめていて、断るのが怖かったから受け入れたものの、N氏との関係はFSメンバーには教えていなかった。
N氏の見つけた稼ぎ方は実際効率がよく、私がもらっていた分け前は稼ぎの半分弱程度で、不当に大量の報酬を受け取っていたわけではないが、FSの人たちが、中学生が自分で買ったとは思えない課金装備をそろえていく様をどう思っていたのかはわからない。
N氏とは、しばらくして「最近冷たくないか」と文句を言われたタイミングで、勇気を出して「私はFSの人たちと遊びたい。あなたにはついていかない」と告げた。
当時しばらくは、ストーカーされたらどうしよう、なんて怖かったりもしたけれど、それ以来連絡はまったくなくなった。

私はMoEでFSの人たちと遊ぶのにドハマりし、学校が終わると最速で帰って帰るなりすぐパソコンの電源を入れ、夕ご飯もお風呂も最低限で済ませ、夜2時3時ぐらいまでプレイしていた。
学校での私は変人扱いで、後に「中学の頃クラスで一番最初に話しかけたの俺だったよな?な?あの頃のお前、休み時間は本読んでるし、終わるとすぐ帰っちゃうし、誰とも話さないから誰も話しかけられなくて、その中で話しかけるの勇気いったんだぜー」なんて言われることになる。
話しかけられたときのことはまったく覚えてない。
私の自己認識では、「ネットに友だちがいるからリアルには友達がいなくてもいい。私は同世代より大人だから同級生とは話が合わない。大人の方が話が合う」という自己認識になっていた。
初音ミクの「本当の自分」という曲の「友達は電子でできた淡く光る箱庭の中 離れやすく近づきやすい 目障りなら突き放せばいい だけど気づいてる 満たされていない存在 こんな自分を捨てて生まれ変わりたいんでしょう」という歌詞に、そんなものは欺瞞だ、ネットの友達は所詮仮初、お前は一人ぼっちなのが現実だ、と突き付けられた気がして辛かった。

FSでの私は、子供なのに子供らしからぬ話題を話す面白い子、自我が強くて誰も逆らえないお姫様、だったのだと思う。
FSマスターと旧知の友人であるFSメンバー、M氏が「彼の友人である俺にはマスターが君をお姫様扱いしているのがわかるよ」と言っていた。
私が「ザブールがいい」と言えばその晩の狩りの対象はキングサブールになり、「パレスに行きたい」と言えば狩場はタルタロッサパレスになった。
一度「この人数では厳しい」と反対されたときに、多数決を取り、反対が多かったため諦めたら、「まさか諦めるなんて。鶴の一声で反対を押し切って行くことになるのかと思った」と驚かれた。
私自身は当時から不器用で察しが悪いながらも精一杯みんなの幸せを考える人間であることは変わっていないと思うのだけれど、私の人柄がどうであるか以上に周囲がおじさんだらけのコミュニティに単身飛び込んできた女子中学生をお姫様扱いしていたのだと思う。

当時の私は、自分の顔のことを写真に写したらカメラが腐るぐらい不細工だと思っていたから、絶対にオフ会、ビデオ通話、写メ交換等の顔がバレるものは避けていた。
「学校で顔を教えてはいけないって言われているから」という言い訳はとても便利だった。
それでも、相手はかわいい子が画面の向こうで相手してくれてると期待しているはずなのに、それを騙している、という罪悪感と、だからこそ顔を見せないで相手の夢を壊さないでいることが私の責務だという意識があった。
当時の私が性的な肉体関係についてどれだけ理解していたのかもう覚えてない。
下手したら、子供の作り方をyoutubeで見たナメクジの交尾しか知らないぐらいだったかもしれない。
ナメクジのアレを人間同士でやるとは一体どういうことなんだ?と疑問に思っていた時期はしばらくあった。
あるいは、ネトゲ廃人をやっていた期間に、セックスという概念を学んだかもしれない。
そんな気がする。
とにかく、少なくとも、男は会って触れることを望んでいる、私のことをスクリーン越しに抱きしめたいと思っている、私はそれをわかっていて胡麻化して回避している、騙している、という意識はあった。
通話はしたことはある。
かわいい声だ、女の子の声だ、とちやほやされて、私は愛されていると安心し、ネカマではなくてほんとに女子中学生だと証明したと、会うつもりがないのにその気があるふりをしている罪を少し償った気持ちになった。

FSメンバーみんなでわいわい狩りに行くのも好きだったが、まだ日中の人の少ないときや、みんなが寝静まった深夜に、メンバーの誰かと二人っきりでMoEの広いマップをのんびりしゃべりながら旅するのも好きだった。
キャラクターを相手のすぐ隣に座らせて、相手を褒めたり、「ぎゅー」なんてスキンシップを連想させる効果音で会話していると、相手が自分に気があるのではないかと誤解するとわかってあえてやっていた。
空気を読めない、気づかないうちにすぐに人を傷つけてしまう私には、女であること以外他人にとって価値がないと思っていたし、そうして気をひかなければ私の居場所はなくなると思っていた。
M氏には一度告白され、その場では断ったらなにをされるかわからないと思って付き合ったが、後になって大切なものであったはずの異性との付き合いがこんなネットの繋がりだけしかない、頭の鈍い相手とという形で汚されていくことに耐えられなくなって、一週間と立たないうちに「やっぱり付き合うっていうのがピンとこない」という理由でフった。
M氏は私を父が娘を愛するように愛していると言っていたし、それは嘘ではないだろうけど、もし実際に会ってカラオケボックスかなんかで二人きりになれば、彼は「据え膳」と手の平を返し、キスをして、その先も要求してきたのではないだろうかと、思わないでもない。
M氏は、5年ぐらい私の誕生日になるたびにメールをしてきたが、最近は来なくなった。
Facebookに登録したときに友だちですか?のサジェストに彼が出てきたことには驚いたし、怖かったが、彼はFacebookでは連絡を取ってこなかった。
私のこともほとんど思い出さないぐらい、彼なりの幸せへの道を歩んでいるといいなと思う。

O君という小学生荒らしがFSに参加し、荒らしすぎてマスターに追い出される事件があった。
私はO君の姿にどこにも居場所のない自分を重ね、その後しばらく、マスターから逃げ回り、「追い出してほしくなかった。彼だっていい人かもしれないのに」と訴えたが、マスターには私がなににショックを受けたのか伝わってないようだった。

その後、L氏と二人でバジリスクキングを狩りに行くことが多くなった。
L氏との狩りは効率がよく、連携もスムーズで、他の男性とふたりっきりの時みたいに接待を要求される感覚がなく、居心地がよかった。
L氏が突然ログインしなくなって、私もMoEをやめた。
後にskypeで連絡がとれ、彼が引っ越しでインターネットへのアクセスができなかったことを知った。
L氏とはその後高校生になってから一度ふたりっきりでオフで会ってみたが、L氏は相変わらず私になにも要求せず、ごく平和に一緒に遊んで、ごく平和に解散した。
私の方もその頃には、ネトゲで強いぐらいがなんぼのもんじゃい、そんなんでかっこつける人間なんて底が知れてる、というような気持ちになっていたので、その後恋愛に発展することはなく私とL氏の関係は終わった。

思い出したままにエピソードを連ねてみたけど、私のネトゲの姫歴はこんな感じだ。
もしかしたら忘れている出来事もいろいろあるかもしれないけど。
姫被害者は、私にとってはいつストーカーとして復讐に来るかわからない恐怖の対象で、吸い尽くしてポイと忘れるなんて雑な扱いができる相手ではない。
定型発達とのコミュニケーションが噛み合わないアスペルガーだった私には、これしか居場所を作る方法はわからなかったから、反省はしても後悔はしてないけど、強いて言うとすれば、発達障害の小学生、中学生が友達を作れるような支援がもっとしっかりしていれば私もあの人たちも傷つかずに済んだのに、とは思う。
日本の公立学校がそんな支援をできるようになる日が来るなんて希望は正直持てないけど。
でも少しでもいい方向に変わってくれたら嬉しい。

「好きなことを仕事に」の絶対視はかえって古くないか

ここ数年で、「私たちは、仕事や勉強を苦痛でなければならないものだと教え込まれてきた。そんなのは嘘っぱちだ。好きなことを仕事にする、幸せなことじゃないか。その方がモチベーションも上がっていい仕事ができる」というような意見を目にする機会が増えてきたように思う。
私が子供のころから、私の両親は「勉強を好きになる教育が大切だ、嫌なものを嫌々やらせて身につくものか」と主張していたし、私にとってはこの意見は特に真新しいものではないのだけれど、私の世代で、最近大人になってからこの意見に感化された日本人は多いのではないだろうか。

私はこの動きを否定したいわけではない。
むしろ賛成だ。
その一方で、就活をしている友達から、「好きじゃない業界を志望するなんて……」という声もよく聞く気がするのだ。
私の周囲で就活をしている友達なんていったら、エンジニアばかりなので、エンジニア特有なのかもしれないが。
「仕事を好きでやってる人間こそが天才で、そうでない凡人は天才に敵わない」
という意見も、それはそれで人を苦しめてきている。
そんな気がする。

好きこそものの上手なれ、とは確かに一面では納得がいく話で、好きだからいつまでもやってられる、頭に入ってくる、結果的に上達する、そんな面は確かにあると思う。
ただ、それは、「得意である」ということの、ひとつの在り方にすぎない、とも思うのだ。
スポーツでも、ゲームでも、芸術でも、上手さというのは必ず一つではない。
色の使い方がうまい人、リアルな質感を表現するのがうまい人、表情を描くのがうまい人、いろいろなうまさがあって、誰一人として、どんな天才でも、そのすべてのうまさをひとつの絵に詰め込むことなどできない。
仕事を好きじゃなくても、生まれつき手先が器用で上手に絵が描けるかもしれないし、好きじゃないからこそ冷静に流行りを分析して盛り込めるかもしれない。
業務内容は好きじゃなくても、人間関係の雰囲気が好きで、安心できる人間関係の中にいるときこそ本領を発揮できる人かもしれない。
べつに、上手い、の在り方は好きであることだけじゃない。

サザン・オールスターズのTSUNAMIも、大瀧詠一君は天然色も、それぞれのアーティストを代表するヒット曲だが、話に聞く限りどうも彼らはこれらの曲を好きで作ったわけじゃないらしいじゃないか。
特にクリエイター分野においては、「好き」は追求し続けるとくいっぱぐれることはよくある。
待遇を得るために流行りに乗ることは、低俗でも魂を売っているわけでもない。
人間だれもが当たり前にもっている人生の選択権を行使しているだけで、誰にもケチをつける権利なんてない。

好きな人間が、寝る間も惜しんで没頭して仕上げた仕事こそ、常に最高の価値を持つ、というのはあまりに息苦しすぎないか。
最近ようやく、働き方改革という動きがおこり、寝る間も惜しんで仕事をすること、人生において仕事を第一に置くことを社員に要求することが見直されつつあるところだ。
「仕事は苦しいものだ」という価値観同様、「仕事を好きな人間こそ本物だ」という価値観も、同時にこの働き方改革の中で、脱していくべき呪いじゃないか。
好きなことでも仕事にしていいし、好きじゃないことでも仕事にしていい。
自分の人生は、自分が納得できるように自分で選んでいい。
そういう社会を私たちは目指していたんじゃなかったのか。

自分の体を大切にしていいという話

これは情報系を勉強する女子大生 Advent Calendar 2017 - Qiita6日目の記事です。

最近、思うことがある。
もしかして、私たち全員性犯罪被害者なんじゃないか、と。
いや、全員というのは流石に大げさかもしれないが。
以前にも書いた通り、私は痴漢被害者ではあるわけだけど、そういうことではない。
ざっくり言うなら、当たり前だと思ってきたあれこれの中に、性的暴力だったものってたくさんあるんじゃないか、という話。

小川たまかさんというジャーナリストを、大分まえにフォローした。
一番最初に読んだ記事は、性犯罪とは関係のない話だった。
小川さんは、性犯罪被害者を取材し、それを記事にすることを一番メインのお仕事にしているジャーナリストの方で、その後私は小川たまかさんの性犯罪関連のお仕事もいろいろ読み、そこから、性犯罪被害者について、いろいろ調べた。

そして、性犯罪被害者によく見られるいくつかの心理が、まったく他人事ではない、と、こう思っている人、いくらでもいるんじゃないか、と思いはじめた。

例えば、小川さんの書いた伊藤詩織さんの紹介の中の

『Black Box』彼女の元に問題が集約された【小川たまか】 | DRESS [ドレス]

性犯罪の被害者が「あなたが黙っていれば終わること」「騒ぎ立てればあなたがもっと傷つくことになる」と言われ、沈黙を余儀なくされることは多い。

これ、「騒ぐとかえってあなたの立場が悪くなる」というのは、言われたことがあるし、これは別の人の記事だが、

性的暴行の被害にあったトランス女性の私が、沈黙を破る理由

彼が私の嫌がることをし続けるので、私は「それは困る」と言い続けた。
「そんなことをされるといやな気持ちになる」と私は彼に言った。
最後にもう一度、「本当にイヤなの」と言って、私は抵抗を示した。
でも、彼は行為を続け、強要を続けた。彼は欲望の塊と化していた。

この心情も、いろんな場面で何度も遭遇してきたもので、今でも嫌悪感でいっぱいになる。
読むのが辛い。
この後、「彼は悪い人ではないから、ちゃんと断らなかった自分が悪かったのだろうか。いや、断ったはずだ、伝え方が下手だったんだ。いつも自分はこうだ、他人にやめてほしいと伝えることができない。自分に弱さがあるからだ」と自己嫌悪するところまでセットだ。

一回や二回じゃない。
レイプとかってほど派手な話でもなかった、太ももを触るとか、手を取るとか、その程度の話だったから、そのときは、性暴力だとは思ってなかったけど。
友達でも、当時の恋人でも、そんなことはあった。
私だけが特殊な環境に置かれてるとは思えない。
誰でも多かれ少なかれ男の人に恐怖を覚え、意思を踏みにじられた経験があるんじゃないだろうか。
この誰でも、というのは、女なら誰しも、という範囲の話じゃない。
二件目の方はトランスジェンダーだし、私の友達には痴漢被害にあった男性も多い。

可視化されていないだけで、実は日本は、性犯罪があふれかえりすぎているんじゃないのか。
それこそ、当たり前すぎて、性犯罪だと誰も思わないほどに。
日本は治安がいい、というのは、搾取する側にとって治安がいい、というだけで、半分以上の人間にとっては実は全然治安よくないんじゃないのか。
実際、日本の法律が「性犯罪」と認めるハードルは高く、他の国では性犯罪になっているものがなっていない場合がたくさんあるらしい。

headlines.yahoo.co.jp

このニュースは今まで強制わいせつ罪には加害者の性的意図が必要とされていたが、性的意図がなくとも強制わいせつ罪として認めるような判例に変更されたという話で、変更の理由は

「性犯罪に対する社会の受け止め方の変化を反映したものだ」

だそう。
逆に言えば、今までは、「誰がお前なんかに興奮するかよ、勘違い女」と言い張ってそれが認められれば強制わいせつ罪ではなかったのだ。
日本は性犯罪が少ない。
なぜなら女性が男性に搾取されるのは当たり前のことで、性犯罪ではないから。
と、そういう理屈に聞こえる。

漫画やアニメで、スケベなキャラクター(男性の場合も女性の場合もある)が女性キャラのおっぱいを触ろうとしたり、嘗め回すように見て、当人や別の女性キャラに怒られるシーンがギャグとして描かれることがよくあるが、私にはあれは笑えない。
ああいうとき、怒るのは、なぜ女性キャラばかりなのか、なぜ男性キャラは怒らないのか。
男でも女でも等しくああいうシーンには怒るべきじゃないのか。
「女が被害を受けるのは女自身が身を守るべき問題で、搾取する人間は思うがままに欲望を追求すればいい」という風に見えてしまう。
実のところ、性犯罪を取り扱った記事を読んでいると、被害者に理解のある内容のものでも、著者が男性だってことは結構ある。
ジャーナリストに限らず一般の男性の間でも、性暴力を見たら止めるのが普通になってほしい。

性暴力を止める男性のイメージ
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コードギアスのミレイ会長に性暴力加害者役をやってもらいました。会長ありがとう)

私が中学生、高校生の頃は、「女子ツイッタラーのツイートのイライラ度から生理周期を解析して管理してる」なんてツイートが、笑い話として受け入れられていた。
今じゃそんなこと言ったら流石に炎上すると思うが、当時の私はあれを見て、「生理がバレるような素振りを見せたら、それを記録につけられて記録を送り付けられたりしても、文句言えないんだ」と思った。
生理周期の記録をつけていたら、流石に犯罪じゃないのか。
犯罪になるべきだ。
笑っている場合じゃない。

探せばいくらでも、日常の中の暴力性が見つかる。

先述の小川さんの記事に、こういう言い回しがある。

しかし、今回の詩織さんのような件があったときに、社会を変えようとする人を半笑いでたしなめたり、苦難を抱える人に我慢を強いて終わりにしたりする行為は、一体誰にとって都合がよいのだろう。

「一体誰にとって都合がよいのだろう」という言葉は、小川さんはよく使うけれど、この視点は本当に大事だ。
「面倒くさい世の中になった」「被害妄想なんじゃないか」と被害者の声を軽視して得をするのは犯罪者だけだ。
この社会は、あまりに弱者を踏みにじる男性に都合よく出来すぎていやしまいか。

日本は今や世界男女平等ランキングで140カ国中114位の、男女平等後進国だ。
男女は既に平等だと思っている人もいるかもしれないが、世界経済フォーラム(以後OECD)によれば、そういうことになっているし、私もそう思う。
(The Global Gender Gap Report : http://www3.weforum.org/docs/WEF_GGGR_2017.pdf
先進国の中で低い、どころか、発展途上国を含めて考えてなおかなり低い方に入る結果だ。
特に、専門性の高い職種の男女比がランキングを下げている。

労働賃金、政治家・経営管理職、教授・専門職、高等教育(大学・大学院)、国会議員数では、男女間に差が大きいとの評価で世界ランクがいずれも100位以下。その中でも、最も低いのが国会議員数で世界129位

【国際】世界「男女平等ランキング2017」、日本は114位で昨年より3位後退。北欧諸国が上位 | Sustainable Japan

フランスでは女性の裁判官が多く、判決が女性に有利になっているらしい。

性犯罪に関する日本の司法が男性贔屓すぎる点の理由のひとつは、こういった政治家や裁判官に女性が少ないという点も大きいのだろう。
企業の経営陣にしても同様だ。

私たち、情報を学ぶ女子大生は、もし卒業後IT業界やアカデミアに就職するとしたら、こういった環境の中で働くことになるのだ。
性犯罪の多くは、知り合いからの被害である場合が多い
上司と部下、先生と生徒などという上下関係がある場で特に起こりやすい。
就職したら上司にレイプされました、は全然他人事ではないのだ。

IT会社に見学に行くと、どこも口をそろえて「うちは女性も働きやすい企業です」なんて言うけど、果たしてどこまでほんとなのか。
いじめが起きた小学校への罰則を強化したら、小学校がいじめを隠蔽するようになったため見かけ上件数が減った、という話があるが、日本の性犯罪も今はそのレベルだ。
性犯罪の件数が多いコミュニティは、摘発されているだけマシ。
表立って起こっている事件が少ないところこそヤバイ。
もしそれを知っているなら「うちは女性も働きやすい企業です」と断言はできないだろう。
「女性にとって働きやすい環境であるよう努力している」「女性社員の声も取り入れられるよう、決定に参加してもらうなどの努力をしている」というような表現になるはずだ。
安易に「女性も働きやすい」と断言してしまっている時点で、理解のある環境だとは私には思えない。

ほんとは、この記事は最初はキャリアについて書くつもりだった。
職場での差別、偏見、セクハラは、どんな企業に行くとしたって他人事ではないだろうと、被害を受けたときに自分の心を守れるように、味方してくれる人がこれだけいると紹介するような内容を書こうと思っていた。
でも、どうしてもうまく話がまとまらなくて、結局私が書きたかった「差別、偏見、セクハラ」って、性暴力って書いた方が適切だったってことに気が付いた。
職場等で起こっているような「セクハラ」と性犯罪の根底にあるものは共通、法律で犯罪と認められているかどうかが異なるだけで、加害者の心理も、被害者の心理もそこで起きているものは本質的に変わりないように思う。
マズローの五段階欲求説で言うところの、社会的欲求云々言う前に、まず、安全欲求が満たされていない。
その状況でキャリアについて語っても虚飾にすぎない。

人間は生物だから、本能があり、欲求がある。
でも、人間は、生物である以上に人間であり、理性と科学で欲求を制御し、問題を解決できる種族のはずだ。

実際、時代は変わりつつある。
イオンはエロ本の取り扱いをやめたし、強制わいせつ罪の判例も変わった。
これからはたとえ「誰がお前なんかに興奮するかよ」が真実だったとしても、そこに客観的事実としての性的な行為の強要さえあれば、法律は被害者側を守ってくれる。
まだまだ法律に問題のある点も多いらしいが、私たちが中学生、高校生だったころに学んだ「男女のあり方」はこの数年で変わろうとしている。

自分の体は自分のもの。
誰にも勝手をすることは許されないし、もしそうされたのなら、傷つき、怒っていい。
怒ったところで受け止めてもらえるのかという点については前途多難ではあるが、少なくともこうして怒ることができるようにはなった。

最後に、エンパワメントというらしいが、読んでいて勇気づけられるような、受け入れてもらえると希望を持てるような情報をいろいろ紹介しようと思う。
今回は、キャリア、ITに関わりそうなものをちょっと多めに集めてみた。

小川たまかさんの記事

twitter.com

性暴力について取材して記事を書いているジャーナリスト。
小川たまかさんの記事はなにを読んでもはっとさせられるものばかりだけど、そのなかのいくつかを紹介します。

メインは性犯罪だけど、キャリア関連の話題も。
news.yahoo.co.jp

小川たまかさんのメインのお仕事である性犯罪関連の話
No means No 私の体は私のもの|Tamaka Ogawa|note

「性犯罪者は“マジック”で自己正当化する」 加害者臨床から見た“男が痴漢になる理由”(小川たまか) - 個人 - Yahoo!ニュース

Black box

ジャーナリスト伊藤詩織さんが書いた、ジャーナリスト山口敬之にレイプされた事件の顛末をまとめた手記。
滅多に表にされない職の場面で起こる性犯罪の実情。

「私が声を上げたのは、彼と闘うためではなく、沈黙したら、同じような被害者がまた出てしまう。性暴力をオープンに話せる社会にし、司法や捜査システムを改善したいため」(『AERA』2017年11月13 日号) http://wezz-y.com/archives/50723 より

彼女が顔を出して語ったもう一つの意味(小川たまか) - 個人 - Yahoo!ニュース

『Black Box』彼女の元に問題が集約された【小川たまか】 | DRESS [ドレス]

レイプ被害届に対して「法に触れることはしていない」と反論したジャーナリストが否定しきれていないこと - wezzy|ウェジー

性交を認めながら「レイプでなかった」とする根拠に乏しいジャーナリスト・山口敬之と擁護派の主張 - wezzy|ウェジー

ABC of Diversity

富士通とWIRED日本版が開催している、企業がどうダイバーシティに向き合うべきかの勉強会

第一回は企業がなぜダイバーシティに取り組む必要があるのかについて wired.jp

第二回はジェンダー問題で炎上した広告について wired.jp

第三回は未公開

あるこうよ むらさきロード

DV、性暴力、虐待の被害に合った当事者のパレード
www.buzzfeed.com

サイボウズの社長青野慶久さんが、夫婦別姓法案棄却について国を訴訟へ

www.buzzfeed.com

完成度をワンランク上げるデジ絵加工技術

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これはCCS Advent Calendar 2017 - Adventarの二日目の記事です。

前: †皆伝暴龍天†が推すッ!弐寺とボルテの名曲、13選 - †皆伝歩夜騎之娘ノ舞†

なにを書いてほしいかTwitterでアンケートをとったのですが、

アンケートの結果は完全に無視し、よっつめのやつを書くことにしました。
なんでかって?
よく考えた結果、他の奴は全部「ぐぐれカス」で終わっちゃうってことに気づいたからだよ!

ぐぐれカスだけじゃあんまりなので、一応記事の最期に他のテーマに関するリンクも置いておきます。
なので、よかったら最後までおつきあいください。

さて、本題です。
ここに、この記事のために無駄に頑張って描き下ろした絵があります。
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これを、
f:id:saho-london:20171128045405j:plain
こうなるように加工します。
並べるとこんな感じ。
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空間の奥行きが感じられるようになっているかと思います。
キャラクターの奥の空間に空気が存在している感じ、あるいは、絵の中の世界ではなく、本当に自分がそこにいるような感じ、を出したい。
という加工のお話です。
これを読めば誰でも臨場感のある神秘的な絵が描けるように!なる!
加工前の元の絵が描けないって?
そんなん私が書かずともいくらでもメイキングがあるだろ!頑張れ!

私は普段SAI2を使っているので、SAI2で進めていきますが、基本的にどんなお絵かきツールにもある基本的な機能しか使わないので、なにを使ってもできると思います。
一か所だけphotoshopにしかないフィルターを使います。
現状のレイヤー数は背景とキャラの2枚です。
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解像度はこのぐらい。
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この解像度、メモリ的にはギリギリア……セーフ、ぐらいのラインで、chromeや他の大きい解像度の画像を開いているときにSAI2でレイヤーをガンガン複製していくとメモリが死ぬので、私みたいな「馬鹿みたいにでかい解像度じゃないとモチベーションあがんない!!」とかでなければもう少し小さくした方が無難かと思います。
SAIのメモリ効率が悪いだけで、photoshopとかクリスタなら大丈夫なのかも。

背景をぼかす

まず背景のぼかしから。
背景のレイヤーを複製し、ぼかします。
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f:id:saho-london:20171128034151p:plain:w200
全部ぼけていると変なので、奥と手前を残し、キャラの周辺にあるものだけクリアにしましょう。
こんな感じの透明度が低く、輪郭のぼけた消しゴムツールを用意して消していきます。
f:id:saho-london:20171128034127p:plain:w200
このぐらい消すと、
f:id:saho-london:20171128034419p:plain:w600
下のレイヤーを表示したらこうなってくれます。
f:id:saho-london:20171202000739j:plain:w600
念のためバックアップ用にレイヤーを複製してから、背景レイヤーを結合してぼかし工程は終わりです。
f:id:saho-london:20171128034817p:plain:w200
背景とキャラに異なる操作をするのはここまでなので、念のためにバックアップとしてレイヤーを複製してから、背景とキャラのレイヤーを統合しましょう。
工程前後比較
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彩度の調整

次は、彩度レイヤーを使ってみましょう。
新規レイヤーを彩度モードにして、顔、手等目立たせたいところや、光が当たっているところに彩度の高い色をぼかしたエアブラシでのせます。
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同じように、目立たせたくないところに黒をのせていきます。
f:id:saho-london:20171128035856p:plain:w600
いい感じの見た目になるように不透明度を調整するとこんな感じになります。
f:id:saho-london:20171202001451j:plain:w600
工程前後比較
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テクスチャ

テクスチャを貼りましょう。
自分が撮った写真や過去絵を使うのがオススメです。
全然関係ないもので構いません。
今回はこれを使ってみましょう。
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適当にぼかして大きさを調整して回転させます。
なんとなく明るいところ同士が一致するような向きにします。
オーバーレイにしながらコントラスト、色相、明度を色調補正をしていい感じにします。
コントラストは色が飛ぶぐらいが目安、色相は空気の色(シアン~青)ぐらいが目安、明度はオーバーレイにして元の絵の全体の明度の印象が変わらないぐらいが目安です。
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不透明度を3~10%ぐらいにして完成。
f:id:saho-london:20171202001016j:plain:w600
工程前後比較
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ハイパス

SAI2はここまでで、ここでpsdで保存してphotoshopに移動します。
レイヤーを複製し、オーバーレイにして、フィルターのハイパスをかけます。
ハイパスのある位置はバージョンにより異なるので各々調べてください。
先にレイヤーモードをオーバーレイにしてからハイパスをかけることで、仕上がりを確認しながらハイパスのパラメーターをいじれます。
今回は3.4pixelにしました。
レイヤー単体で見るとこんな感じです。
f:id:saho-london:20171128044607p:plain:w600
オーバーレイにするとこんな感じ。
f:id:saho-london:20171128044910p:plain:w600
背景だけぼけてるのが気になったので、背景だけハイパスを強くかけました。
背景をぼかすのに使った、フィルターをかけたくないところだけ消しゴムで消す手法で。
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工程前後比較
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完成

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前後比較
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いかがだったでしょうか。
え?変わってないって?
この微妙な差が大事なんだよ、微妙な差が!

そんなわけで、書かなかった他のテーマの関連リンクを書いていきます。

メイク入門

私はこの本を読んで勉強しました。
でもたまたま書店に置いてあったのを手に取っただけで、こういうメイク教本はいくらでもあるので、お好みのものを買えばいいと思います。

女装メイク

ひげ隠し
ameblo.jp
眉について
www.youtube.com
女装コスプレメイクのやり方 | ハツコス!
ノーズシャドウについて(これは女装メイクではなく女の子の普通のメイクの話題ですが、男性は鼻が大きめなのでより参考になるかと)

線画の抽出

SAI2ならコントラストと輝度を透明度に変換を使えば終了。
photoshopなら
hisakatano.raindrop.jp