コンパクトでない空間

a good experience become even better when it is shared

メールのサンプル集

他大学の授業を聴講するとか、イベントの参加資格が足りないとか、自分は対象ではないから、と諦めてしまう人が多いように思う。
もちろん、実際に制度上不可能な場合もあるので断られても殊勝に引き下がらないといけないけれど、メールを出してみれば案外歓迎してくれるケースというのも存在する。
ダメモトでお願いしてみるだけしてみてもいいと思うのだけれど、二の足を踏んでしまうひとつの理由は、メールの書き方に自信がないからだろう。

というわけで、今回はメールの書き方のお話……といっても、私はマナー講師でもなんでもないので、私の自己流でどうしているか、の話でしかないのだけれど。
まあ、あれこれ気にしすぎて、気をつけなければいけない項目が増えすぎるよりは、最低限この程度を守っていればOKって自分を許してもいいんじゃない?ってハードルを下げて気楽にメールできるような後押しになれたらいいなと思う。
メールが苦手すぎてどうしたらいいかわからないって人向けの内容なので、いろいろがばがばだと思うし、自分はこう書く、というものがもう出来上がってる人は言うことはないので是非それを貫いてください。
こんなメールサンプル集、ぐぐればいくらでも出てくるので、ここに出てきたサンプルだけじゃうまく自分が送りたいメールに合わないとおもったらぐぐってみるといいと思う。

サンプルメールを三つ用意してみた。
どちらも私が実際に送ったメールを元にしている。

サンプル1(はじめてメールを送る相手):

◎◎大学インターンシップ担当
〇〇 ××教授


突然のメール失礼します。
千葉大学理学部数学科三年の小林佐保といいます。
次の夏に行くインターンシップを探していたところ、
◎◎大学の数学科のインターンシップの充実度を学科の先生に伺いました。

〇〇教授のホームページも見て、自分もそのような充実したインターンシップに参加したいと思ったのですが、  
インターンシップ探しの相談に乗っていただくことは可能でしょうか?

お忙しいところ図々しいお願いかと思いますが、
お返事いただければ幸いです。


千葉大学理学部数学・情報数理学科三年
小林 佐保

サンプル2(既にメールを送ったことがある相手):

@@先生

お世話になっております、〇〇所属の小林です。

以前参加した**コンテストについてなのですが、コンテストでいただいた賞が評価され、
$$賞に推薦していただくことになりました。
推薦のための資料として、私のどういった点が評価されたかがわかるといいとのことなのですが、
@@先生から簡単な講評を頂くことは可能でしょうか?

お手数おかけしますが、よろしくお願いします。

千葉大学 理学部 4年
小林 佐保

サンプル3(返信の場合)

@@先生

ご連絡ありがとうございます。

手続きの件、承知しました。

小林

基本的に私はメールは

  1. 宛名
  2. 導入
  3. 内容
  4. 締め
  5. 署名

の5つから構成するようにしている。

宛名

サンプル1

◎◎大学インターンシップ担当
〇〇 ××教授

サンプル2、3

@@先生

最低限守るべきポイント

  • 一行目に相手の肩書、二行目に相手のフルネーム+敬称を書く
  • 相手の肩書、名前に間違いがないかは確認しよう
  • 大学の助教、准教授、教授に送る場合は敬称は「先生」
  • ポスドク含めそれ以外の相手に送る場合は「様」

余裕があればやってもいい応用ポイント

  • 相手が教授なら敬称は教授と書いてもいい
  • 相手が自分よりひとつ上の立場(自分が学部生なら修士修士なら博士など)までは「様」ではなく「さん」にしてもいい
  • 何度もメールをしている相手なら肩書と下の名前を省略し、苗字+敬称だけでもよい

導入

ここは、相手にとって自分が誰なのかを知らせる意味を持たせる。

相手が自分のことを知らない場合

相手が自分のことを知らず、自分が一方的に相手を知っている場合は、自分の所属と名前を述べ、どのようにして相手を知ったのかを説明する。 ex) サンプル1

突然のメール失礼します。
千葉大学理学部数学科三年の小林佐保といいます。
次の夏に行くインターンシップを探していたところ、
◎◎大学の数学科のインターンシップの充実度を学科の先生に伺いました。

面識がある場合

お互いに面識があるが、相手が自分を覚えているか怪しい場合は、どこで出会ったのか簡潔に述べる。
100人ぐらい履修する授業を履修しているだけだとか、覚えてないだろうな、と思うような場合であっても、覚えていらっしゃいまるか、とは聞かずに、表向きは覚えている体で通してあげるのが優しさ。
ex1) サンプル2

お世話になっております、〇〇所属の小林です。

ex2)

千葉大学の小林です。先日のイベントの際はお世話になりました。

ex3)

情報数学Ⅱを履修している小林です。
お世話になっております。

日常的にやり取りをしている場合

お世話になっております。

だけでよい。
もっと砕けたのがよければ、

お疲れ様です。

なんていうのも一部界隈で使われていたりする。

返信の場合

サンプル3

ご連絡ありがとうございます。

基本的にこれ。
イベントなどの情報を教えてもらった場合は

情報ありがとうございます。  

こちらのメールに対する返信にさらに返信する場合は

ご返信ありがとうございます。

というのもアリ。

内容

サンプル1

〇〇教授のホームページも見て、自分もそのような充実したインターンシップに参加したいと思ったのですが、  
インターンシップ探しの相談に乗っていただくことは可能でしょうか?

サンプル2

以前参加した**コンテストについてなのですが、コンテストでいただいた賞が評価され、
$$賞に推薦していただくことになりました。
推薦のための資料として、私のどういった点が評価されたかがわかるといいとのことなのですが、
@@先生から簡単な講評を頂くことは可能でしょうか?

サンプル3

手続きの件、承知しました。

尊敬語とか丁寧語とかは言語学者でもないかぎりほとんどの人は正しい使い方なんてわかってないので、なんとなくでよい。
最低限ですます調で書いておけばいいと思う。
先生によっては自分にメールを送るときのルールなどを明文化してHPに載せてたりするので、ざっと探してみてもしそういうのを見つけたら絶対守るべき。
ちなみに、了解しました、と承知しました、については宗教戦争があるが、どちらかというと現代では承知しましたが無難っぽい。

締め

基本的には、 サンプル2

お手数おかけしますが、よろしくお願いします。

でよい。
自分が心苦しさを感じていて気が引ける場合は、 サンプル1

お忙しいところ図々しいお願いかと思いますが、
お返事いただければ幸いです。

と書いておくと(こちらの気が)楽になる。
他にもお願いというより事務連絡に近い場合は、

お返事お待ちしています。

の方が適切な場合もあるかもしれない。 返信の場合や一方的な連絡で特に相手に返信や対処を求めない場合は締めは書かなくてもいい。

署名

大学生の場合は

(大学名) (学部) (学科) (学年)
苗字 名前

が一番正式な形だろう。
何度もやりとしている相手の場合は、学科や下の名前を省略してもいい。
学内の相手の場合は大学名を省略してもいい。

一般女子中学生が電車で精液をかけられる国

痴漢が話題なので、twitterで痴漢された人がどのぐらいいるのかのアンケートを取ってみた。
結果は以下の通りだ。


票数にすると、こうなる。

電車通学

性別 男性 女性
あり 6 8
なし 16 4
合計 22 12

電車通学でない

性別 男性 女性
あり 2 5
なし 9 2
合計 11 7

全体

性別 男性 女性
あり 8 13
なし 25 6
合計 33 19


私は別に、痴漢をされているのが普通でされてないのがおかしいだとか、男で痴漢されるなんておかしいだとか言いたいわけではない。
どういう経験をしてきたかはひとそれぞれ千差万別いろいろあるものだ。
先日、この痴漢体験告白記事を読んだ。
非常に濃密な話なのでぜひ読んでほしい。

note.mu

このおがたまさんのように、性器に指を入れられるところまでいった人もいれば、私のように服の上から触られるだけだった人もいるし、全く縁がなかったって人もいるだろう。
それらはどれも嘘ではない。
変な言葉遣いだか、痴漢のされ具合にも、それを痴漢と受け止めるかどうかにも多様性があり、どれもおかしいものではないのだ。
だから、他人の痴漢され歴におかしい、それは嘘だ、なんて言わないでほしいし、あなたがおかしいと言われたとしても、言った人がおかしいのであって自分が悪いと思う必要はない。
それから、痴漢のニュースがあるたびに冤罪だと決めつけてかかり、「疑われた男がかわいそう」「この女はなにがしたいんだ」という発言をする人たちは、あなたのその発言を聞いている人のうち、女性なら3人に2人が、男性なら4人に1人が痴漢された経験があるということを考えてほしい。
もちろん所詮は嘘つき放題のtwitterのアンケートだし、どこから痴漢と呼ぶのかも特に指定せず各々の基準で入れてもらっただけなので、統計的価値などは微塵もない。
それでも、名前を出して告白できなくても、匿名ならこれだけの人が痴漢にあったと思っているということ、痴漢被害者は一部にしかいない例外的なケースなどではなく、どこにいてもおかしくない、ということはわかるだろう。
痴漢被害者を責める言葉を眉をひそめてみている人は、口に出さないから目立たないだけで、案外多いのかもしれないのだ。

これだけで終わってもつまらないので、私の痴漢経験も話そうと思う。
私が今回書く二件はどちらも中学生のときの話だ。
周りの痴漢被害の話を聞いていても中学生の頃のことが圧倒的に多いので、やはり中学生が狙われやすいのだと思う。

こういう話をすると必ず容姿の話題が出る。
当時の私は自分の見た目をキモくて撮ったらカメラが腐ると思っていた、卑屈ネクラ女だった。
眼鏡と伸ばしっぱなしの髪と、校則を守った芋臭い膝下のスカートと今時だれも履いてないような白ソックス。
あまり見た目に頓着していなかったが、制服が古典的なセーラー服だったこともあって、もしかしたら時代錯誤にも見えていたかもしれない。
3人に2人が痴漢された経験があるということからもわかるように、容姿なんて関係なく、誰でも被害者になりうるものだ。
誘うような格好をしているとか、美人だとか、おとなしそうだとか、そんな理由で痴漢されるされないが決まったりはしないと思っている。
私の容姿については、そういう風に「容姿に関係なく誰でも被害に合うのだ」と受け止めてもらえたら嬉しい。

中学受験をした私は中学から電車通学で、埼京線丸ノ内線を利用して通学していた。
服の上から触られる、というか、「たまたま当たっているだけかな?鞄かな?」「動いたけど、電車で揺れただけかな?」という、グレーゾーンは日常的にあった。
今思うと、男性はそういうことは日常的にはないらしいし、この年(23)になると満員電車にのってもそんなことは滅多にないので、やっぱりあれはわざとなんじゃないのか、と個人的には恨みたくなる。
少なくとも、意識すれば満員電車でも他人の尻と胸に手があたらないように避けることはできるってことじゃないのか。
ああ、法律的には痴漢は性器に直接触れなければ痴漢ではないらしいので、男性読者のみなさんは「たまたま服の上からあたっただけで痴漢扱いされるのか!」とか慌てないでほしい。
(追記)服の上から触れただけの場合、条例違反扱いになることが多いらしいです。

閑話休題。私はお母さんから「電車が揺れてないときも手が動いてたら痴漢」と教わっていたので、手が動いたら態勢を変えたり、それでもしつこく触ってくる場合は次の駅で車両を変えたりしていたので、ほとんどの場合はそれ以上のことをされることはなかったのだけれど、二回だけ今でも鮮明に覚えている痴漢があった。

ひとつめは、ぎゅうぎゅう詰めというほどの満員電車ではない、揺れると時折隣の人と肩が当たる程度の混み具合だったとき。
私が乗ってからずっとお尻になにかが当たっていたのだが、何駅かずっと、まったく動く素振りがなかったので、「動いたら痴漢」と母に言われた基準を守っていた私は、この人はわざとやっているのではないのだから痴漢あつかいしたら失礼だと思い、素知らぬ顔でそのままにしていた。
そしたら、私が降りる駅になって、降りようとした瞬間、その人がむんずと尻を掴んで揉みしだいてきたのだ。
今思い出しても腹が立つ。
私が黙って見逃していた間、ずっとニヤニヤして感触を楽しんでいたのだろうか。
そして急に揉まれたことに驚きながら、とっさになにも対処できずに人ごみに流され降りていく私をみて、心の中でほくそ笑んだのだろうか。
どう考えても相手を一人の人間として尊重した態度ではない。
私のことを、ものか、動物か、いずれにせよ一方的に性欲のはけ口にしていい、自分より下等なものとして扱ったのだ。
本当に許し難い。

もうひとつは、電車から降りた後気が付いた。
自分の足になにか濡れたものがあたって、雨でもないのに、水筒でもこぼしてしまったのだろうかと慌ててぬぐったら、手に、でんぷんのりを水で溶いたようなどろっと白濁した液体がついていた。
精液を見たことはなかったけれど、「白くてどろっとしたものだ」ということは知っていたので、まさかと思って、慌てて確認すると、それはスカートの裾について、そこから垂れてきたものだとわかった。
鑑定したわけではないのであれが精液だった証拠はないが、未だに、いや、今だからこそ、あれは精液だったのだろうなあ、と思っている。
だって、でんぷんのりを水で溶いたものを持ち運んで、それを電車の中でこぼしてたまたま女子中学生のスカートにかかるって、そんなのあまりに出来すぎだ。
だって通勤ラッシュの電車なんておっさんの方がよっぽど多いのだ。
でんぷんのりをかけられた女子中学生が1人いたら、でんぷんのりをかけられたおじさんが20人ぐらいいないとおかしい。
痴漢にかけられた、と思った方がよっぽど説得力がある。
こいつも、何も気が付かずに降りていく私を見て、そのあと気が付いて慌てふためく私を想像して、愉しんでいたのだろうか。
何度も言うが、私は痴漢を愉しませるためのおもちゃではなく、一人の人間だ。
馬鹿にするのも大概にしてほしいが、現状実際馬鹿にされたまま泣き寝入りするしかないのも事実だ。

このタイプの精液を残す痴漢はあまりに社会をなめている。
だって、遺伝子鑑定にかけられてしまったら特定されてしまうだろう。
この痴漢は、私の学校の先生も、親も、それを採取して警察に突き出すと、警察がそれを鑑定して自分を捕えに来ると、微塵も思っていないからこんなことをしたのだ。
痴漢は、社会が痴漢の味方をし、痴漢被害者に泣き寝入りするよう要求するとわかっていて、痴漢をやっている。

思い返してみると、私はお母さんの「手が動いたら痴漢だ」という言葉に随分救われてきたように思う。
あそこで、「あなたみたいな魅力のない学生が痴漢なんてされるわけない、全部思い上がりよ」と言われていたら、きっと今よりずっと深刻な被害にあっていた。
なんなら、自分が今子供に教えるなら、動いたら、と言わず、当たっている時点でグレーだから逃げなさい、と教えたい。
中学生はまだ、自分が性的な対象としてみられるということがよくわかってないかもしれない。
中学生にとっては、痴漢されようがされなかろうが、友だちとの話題のネタになるだけで、大して重大なことではないかもしれない。
少なくとも私はそうだった。
それでも、中学生の時点から守っておくことが、将来物事がわかるようになったときに、その人の尊厳を守ることにつながる。

おがたまさんも書いているが、まだ社会のことを知らない中学生がはじめて遭遇する、先生やお父さんではない知らない大人の男が痴漢なのだ。
「男は狼」なんて言葉もあるが、狼なんてかわいいものではない。
言葉が通じず、一方的に暴力を振りかざしてくるエイリアンってところだ。
テラフォーマーズのゴキブリ、あるいはエヴァンゲリオンの使徒、あるいはfgoのラフムだ。

はじめて出会う「知らない男性」がそうだったから、私は、世の男性全てを「上っ面では紳士的に接してくれるが本性は痴漢と同じ」と思っていた。
そこらでまるで人間みたいな顔してる男達のあいつもこいつも、痴漢加害者か、痴漢予備軍だと思っていた。
今思うと笑っちゃうけど、でも本当にそう思っていたのだ。
だってたまたま電車に一緒に乗りいれた周りに立ってる何人かの男のうち、数日に一度のペースで痴漢がいる。
男は、自分の意思を無視して好き勝手に性的に消費してくるのが当たり前なのだと思っていた。

今の彼氏と付き合ってようやく、そうではなくて、話が通じる人間と呼べる男性もいるのだとようやくわかったけど、それまで男性性を本当に嫌悪していたし、緩和されたとはいえ未だにその傾向はある。
それが生まれ持ってのセクシャリティなのか、痴漢以外の経験から来るものなのか、痴漢から来るものなのかはわからないが、多分全てだと思うし、痴漢から来る部分も小さくないと思う。
あれだけ痴漢に頻繁に遭遇していたのは、痴漢が多かったからではなくて、痴漢が狙って中学生女子の傍に来るからだったのだろうと、今なら思える。
スカートの中に手を入れられたことのない私でこれなのだ。
性器に触られるレベルの痴漢にあった人たちはもっと大きな傷を負うだろう。
中学生が痴漢されるという経験は、一生に影響を与え、男性と適切に性的な関係を結ぶとき、障壁になり続ける。

痴漢程度、なんて軽視していい問題ではない。
冤罪で無罪の人間が罰せられるのは司法の失敗で、被害者が悪いわけではない。
セカンドレイプという言葉が注目されはじめてきたことは嬉しいし、だからこそ私もこうして言えるようになったわけだけど、未だに理解を示してくれない人は多い。
社会が痴漢に対して寛大な姿勢を示すから、痴漢が生まれるのだ。
社会の理解があれば、痴漢はなくせると私は思う。
どうか、これ以上次の世代の子供たちが、痴漢で自尊心を傷つけられることがありませんように。

肯定と称賛の違い

twitterで最近ちょこちょこしていた話を、こっちにもtogetter的な感じにまとめておこうと思います。
あくまで私がここで使う言葉としての「肯定」と「称賛」であり、便宜上そう名付けて区別しているだけで、他のひとは異なる意味で「肯定」と「称賛」という言葉を使うこともあるでしょう。
というか、私自身、別の場面では別の意味でこれらの言葉を使います。
ここでいう称賛のことを肯定と呼ぶ人を責めるつもりは毛頭ないことを先に断っておきます。

「友だちが誉めても誉めても卑屈なことを言うばかりで変わってくれないので疲れてきた」とか、「誉められても全然嬉しいと思えない。自分は感情が麻痺しているのだろうか」ということってありますよね。
これは、私の言葉で言うと、「肯定」と「称賛」は違うもので、肯定を求めているのに称賛を与えると、こういう現象が起こるのだということです。
逆に、肯定には満足していても、称賛に飢えている人もいます。

キーワードとしては、肯定は「好き」「いいよ」、称賛は「すごい」「えらい」という風に思うと分かりやすいと思います。
あくまでキーワードであって、必ずではないですが。

最近はやっていた、「肯定ペンギンの赤ちゃん」シリーズありますよね。
「GW明けなのに午前中に起きて偉いね!」みたいなことを皇帝ペンギンの赤ちゃんが言ってくれるアレです。
あれは私に言わせると称賛です。
肯定なら、「頑張って午前中に起きたんだね。あなたのそういう頑張り屋なところ好きだよ」になります。
あるいは、「GW明けだと午後まで寝ちゃうんだね。そういう肩の力抜けててマイペースなところ好きだよ」とかでしょうか。
もちろん頑張り屋な結果午後まで寝ちゃう人とかもいるので、そういう人に対しては「頑張り屋なところ、好きだよ」になります。

「肯定」のポイント、一番重要になる芯、あるいは本質は、その人の「アイデンティティを受け入れる」ことにあります。
つまり、その人のことを十分に知って理解していることが大前提なのです。
その人が寝坊した理由が、時間に縛られずに気ままに過ごす人だからなのか、前日の夜頑張りすぎて疲れて寝てしまう人なのか理解している必要があります。
受け入れさえすれば、つまり責めずに存在していることを許せばそれだけで十分で、必ずしもプラスにとらえて誉める必要はありません。
誉めても構いませんが。
ここでいうアイデンティティ、というのは、子供のころから今までずっと変わらず、これからもきっと変わらないだろうと本人が思っているものです。
「変わらないだろうと本人が思っている」というだけで、本当に変わらないとは限りません。
実際アイデンティティはその人の人生の中で刻々と形を変えていきます。
高校までの私は、自分は絵を描く生き物だと思っていましたし、一生絵を描き続けると思っていましたが、今は言うほど絵を描いてません。

自己肯定感が低い人たち、肯定に飢えている人たちというのは、自分は世の中に受け入れられない、存在してはいけないものだと思っています。
社会のバグ、出来損ない、欠陥品、そんな言葉でよく表現される感覚です。
そういう人に、「そんなことないよ、存在していいよ」と伝えることが肯定です。

コンプレックスという言葉も、自己肯定感の低さと仲のいい言葉です。
一重だとか、トロいとか、あるいはもっと精神的な部分で、いつもつい人を傷つけることを言ってしまうとか。
そういう部分を「それを嫌う人がいても、その人との相性の問題であって、あなたが悪いわけじゃない」「私はそれは気にならない」と伝えることが肯定です。

「絵が上手」とか「点数が良くてすごい」とか「ちゃんと頑張っていて偉い」とかが、肯定にはなっていないことはわかっていただけたでしょうか。
称賛も称賛で大切なことです。
称賛と肯定のどちらが欠けても人間は生きていけません。
しかし、称賛は十分得られているのに肯定が片手落ちで苦しんでいる人に称賛を与えても、問題は解決しないのです。
自己肯定感の低さは本人にとっても、それを支えようとする周囲にとっても辛いもの。
この記事が解決のきっかけになったらいいなと思います。

google STEPのresumeの書き方

google STEPに受かりました。
STEPはgoogleが提供している教育コースとインターンシップが一緒になったプログラムです。

公式: careers.google.com

大切なのはこれからだとは思うんで、あんまり合格のためのHow toを偉そうに語るのも柄ではないんですけど、
どうにも、google STEP応募に当たって"resume"の書き方を勘違いしているがゆえに落とされている優秀な人がいるように感じたので、忘れないうちに自分がどう書いたのかをまとめておくことにします。
形式的な部分の齟齬で本来参加できるべき優秀な人が参加できずにマッチングがうまくいかなくなったら、応募者にとってもgoogleにとっても社会にとっても損失でしょう。

まあ、あくまで私はこう書いたよって話しかできないんですけど。

学生向け募集要項

googleが公式で出している学生がインターンシップに応募する際の注意点が以下に書いてあります。

学生向け: Google への応募について - Google 人材募集

要求されているものが、コンビニとかで買えるようないわゆる履歴書のフォーマットではないのはまず間違いないでしょう。
注意点は以下の5項目。

  • 自分のスキルや経験は、応募するインターンシップや職務明細書の内容と合っていますか?
  • これまでに自分が担当、または管理していたプロジェクトについて具体的に説明しましょう(結果がどうなったか、成果をどのように判断したか、など)。
  • ボランティア組織やアルバイトでリーダー的な役割を担ったことがある場合は、そのときのチームの規模や仕事の範囲などを教えてください。
  • GPA(大学での成績)、および関連するスキルや知識を示す学校関連の研究課題または履修科目を記入します。
  • 文章は簡潔にまとめ、全体で 1 ページに収まるようにします。採用過程で追加の情報(ポートフォリオなど)が必要になった場合は採用担当者からご連絡しますので、ご提出をお願いします。

5つめの全体で1ページという制約は形式的でわかりやすいですね。

STEPの職務明細書の要件

1つめの「職務明細書の内容」は、STEPの場合は冒頭で紹介した人材募集のページの「資格」の項目に書かれているものが該当するでしょう。

Minimum qualifications:

  • Must be currently enrolled in a 4-year BA/BS program, majoring, or intending to major, in Computer Science or related technical fields at a university in the same country/region of the session to which you are applying.
  • Have taken at least one Computer Science course by the time of application.
  • Have authorization to work in Japan.

Preferred qualifications:

コンピューターサイエンス(計算機科学)に関連する分野が専攻で、少なくともひとつのコンピューターサイエンスの授業を履修し終えていることと、JavaPython、C、C++のどれかの経験があること、と書いてあります。
コンピューターサイエンスとこれらの言語に関係するスキル、経験をアピールしていけばよいと思います。
あんまり日本では「コンピューターサイエンス」という分野分けをしないので、なにがコンピューターサイエンスなのかわからないかもしれませんが、グラフ理論、計算理論(計算量)、セキュリティの暗号等の分野、符号理論等が該当するでしょう。
P=NP問題の話とか、二分木はlogNのオーダーでなんとかとかを授業で聞いた覚えがある!という人は、その授業を「履修したコンピューターサイエンスの授業」としていいのではないでしょうか。

“resume"に入れるべき要素

先に上げた五項目の注意点では、内容としてはスキル、経験、大学の成績の3つが必要だと書かれています。

スキルは関連する資格や検定の成績、あとはプログラミングであれば経験年数や簡単な作品紹介等を書けばいいでしょう。
経験は、担当していたプロジェクトとリーダー経験について書けと書かれています。
私はリーダー経験については1ページに収まるよう取捨選択した結果、あまりSTEPの要求するものと方向性が合わないと判断んして、言及しませんでした。
私の場合は、過去のインターンシップ経験と留学経験を合わせて3つ書き、それぞれの経験について、プロジェクトの概要、自分の担当した部分、プロジェクトの成果の程度を示す客観的な根拠の3つを書きました。
別にチーム開発やインターンシップに限らずとも、個人開発のソフトウェア等があればそれを書いてもいいのではないかと思います。
大学の成績については、全体のGPAと関連科目の成績、後は関連科目で学んだことの具体的な内容を書きました。

“resume"ファイルテンプレート

“resume"ファイルを作るソフトですが、Wordで作っても、なんならパワーポイントとかで作ってもいいのではないかとは思います。
私はlatexで作りました。
以下のサイトにアメリカの職に応募する際のresumeのlatexテンプレートがあり、とても便利です。
私は文字量がたくさん入りそうな5番を元に自分でいじって利用しました。
正直フォントとかめちゃくちゃ読みづらいのでは、とは心配しながら出しました。
読みづらくてもきちんを目を通して内容を理解してくださったgoogle人事の方、ありがとうございます。

https://www.rpi.edu/dept/arc/training/latex/resumes/

自然言語

ちなみに、私は英語で書きました。
よっぽど支離滅裂な文章になってしまって、これじゃ伝わるものも伝わらない!とかいうレベルでなければ、多少文法が怪しかろうが単語の選択が怪しかろうが、英語で書いた方が無難なのではないかと思います。
でも日本語で書いたら即アウトなんてこともないと思うので、出さないぐらいなら日本語ででも出してみる価値もあると思います。

まとめ

どうでしょう。
書けそうな気がしてきましたでしょうか?
挑戦はするだけならタダだし、応募してなければ受かることはありえません。
これを読んでくれた人の挑戦を後押しできたら幸いです。

以下の記事もこの記事と似たような内容を扱っているので参考になるかもしれません。
私はカバーレターは書きませんでしたが……。

careerpark.jp

自殺対応マニュアル

いきなり物騒ですが、今回は自殺の話です。
ツイッターのTLで突然自殺を示唆された、とか、自殺未遂をして失敗したとカミングアウトされた、という事態は誰にでも起こりうること。
交通事故を目撃したときの対処を運転免許取得で習うのと同じように、自殺を目撃したときの対応も整理しておきましょう。

自殺を無理の止めることで、恨まれるかもしれませんし、自殺を止めることが本当に倫理的に良いことなのかは誰にも正解のわからない問いです。
人それぞれ事情はありますし、死にたいほど苦しい事情がある人は、死ぬまでその事情を向き合って闘い続けなければならないことは確かです。
それでも助けるべきだ、と思った場合にどうしたらいいのか、をまとめていきます。
私の知っている限りの話でしかないので、より詳しい人がいたら是非教えてください。

0. 心構え

まず、一番に大切なことは、高度なメンタルケアは専門の医療従事者の仕事だ、ということです。
素人がむやみに手を出して、過去のカミングアウトをさせて、パニックを起こしても仕方がないですし、責任を感じて連鎖的にうつを発症したらミイラ取りがミイラというもの。
友人、家族、パートナー、いずれの関係においても、自分に無理なくできることだけをして、そこから先は医療従事者にパスしましょう。

1. 日頃からできること

大切な人の氏名と住所を確認しておきましょう。
後述する警察の助けを借りる場合にも必要ですし、病気やうつで動けなくなったときに看病しに行くにも必要な情報です。
聞き方は、率直にいざというときに助けるために知っておきたい、と聞いてもいいですし、
それが聞きにくかったら、家に遊びに行くとか、年賀状、プレゼント、お土産を送るとかを口実にしましょう。
それでも教えてもらえない場合は、そこまでの繋がりしか許してもらえなかったのだから、仕方がありません、許される範囲でできることをしましょう。
電話番号、生年月日、肩書等の情報もあればより良いですが、住所に比べると重要度は2ランクぐらい劣ります。

2. 自殺の計画をしていることを知ったとき

あるいは、しているのではないか、と疑ったときも同様です。
医療機関への受診を薦めましょう。
なんなら、「自分が心配だからお願いだから行ってくれ」と無理矢理連れて行ってもいいです。
一人で行くのが不安そうなようであれば、一緒に行ってあげてもいいでしょう。
まともな機関なら、本人の希望あっての付き添いは拒まないはずです。
残念ながら、精神医療系の先生はかなりピンキリで、中には患者をより追い詰めるような先生もいます。
連れて行く医療機関は慎重に選び、連れて行った後も先生との相性はいいか、先生に不満を持っていないか気にかけてあげるといいです。
選び方は後述します。

3. 自殺を示唆されたとき

つまりは「今から死んできます」と言われたときです。
この段階では、相手の気持ちの尊重とかは二の次で、とにかく力づくでも実行を阻止し、命を救うことを考えます。
AEDの使用に当たって、相手の服を脱がすことは問題にならないのと同じです。
力づくで阻止することに関しては、警察が専門のようです。
110で通報し、相手の氏名、住所、わかっている場合は予告された自殺場所を報告します。
私の時は、30分後ぐらいに近くの交番の警察官が事情聴取に来て、2時間ぐらい話しました。
大事な予定があったり、面倒だと感じるようなら、他の人に通報を任せた方がいいでしょう。
2時間ぐらいなんだ、命に比べれば安いもの、と思えるなら通報してください。

4. 未遂に終わった後

変に感傷的になって「心配したんだから」等と責めるよりは、少し淡白すぎるぐらいが本人も楽なのではないかと思います。
自殺に関して声をかけるなら、「生きていてよかった」程度で、あまり長々と言及しない方がいいでしょう。
医療機関に通っていない場合は、通わせましょう。
通っていて、当人が医療機関を信頼しているようなら、メンタルケアはそこに任せましょう。
もし、先生と当人の間に不和があるようなら、相談に乗り、場合によっては転院の検討を一緒にしてあげるといいかと思います。

おまけ:医療機関の選び方

まず、大別して医者とカウンセラーはまったく異なるものです。
医者は、病名の診断をし、必要に応じて薬処方やカウンセリングなどの指示をする人。
カウンセラーが実際にカウンセリングをしてくれる人です。
精神科や心療内科が精神病を診てくれます。
精神科と心療内科は、基本的に医者がいる場所ですが、カウンセラーもいる場合も多いです。
医者に診てもらったあと、医者の指示があれば、カウンセラーのカウンセリングを受けるという形になります。
学校や会社にある相談室、民間のカウンセリング機関などのカウンセリング機関は、基本的にカウンセラーしかいません。
一概にカウンセリングよりまず診療を受けるべきかというと、そうとも言えません。
カウンセラーは本人が困っていて助けを求めていれば必ず相手にしてくれますが、医者は既存の病気のパターンに当てはまらない症状の対処をすることは基本的にできません。
本人が抱えている辛さが、はたから見てわかりにくいものであったり、本人があまり自分の精神的な状況を自覚していなくて説明できない場合などは、お医者さんのところに行ってもうまく噛み合わない場合があります。
そういった場合は、まずカウンセリングに行って、カウンセラーに「これはこういう病気かもね」「医者にかかるならこう説明するといいよ」「あなたの気持ちはこうだったんだね」などアドバイスをもらってから医者にかかるといいでしょう。

カウンセラーの良し悪しですが、究極的には相性もあるので、かかってみて本人が安心、信頼できると感じるかどうかでしか判別のしようがありません。
かかりはじめる前に判断の材料になる情報があるとすれば、

  • 信頼できる医師の紹介である
  • 資格がある

の二点です。
はじめて医療機関にかかる場合には前者の紹介はないでしょう。
資格については、今のところ「臨床心理士」が一番信用できる資格のようです。

生きている方が死ぬより辛い、なんて状況はなくなってほしいものですね。

面接と見た目と

春休みのインターンシップに応募し、面接を受けてみて、最近気が付いたことがある。
もしかして、面接において、見た目って影響してくるのでは?
ということだ。
人によっては、何をいまさらと思うかもしれない。
そう、私は、ついこの間まで、IT系の面接であれば、話したことの内容だけですべて判断されると、なんとなく思っていたのだ。
そして、多分、同じように思っている人は他にもいるのではないかと思う。
だから、今回は、そういう仲間に向けて、「大変だよ!意外と話の中身以外も重要かもしれないんだよ!」という話をしたいと思う。

考えはじめたきっかけは、エプソンの面接にて、
「髪切っちゃったんですね。送っていただいた写真と印象変わりますね」
と言われたことだった。
特段深い意味のない雑談だったと思うのだけれど、「切っちゃった」と言われたのが、切らない方がよかったってこと?と、なんだかひっかかっていた。
私は自分の見え方に無頓着なので、印象違う、と言われても、え?違うの?としか思えないのだけれど、せっかくだから送った写真とエプソンに行ったときの髪型の再現を載せておこう。

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こうして見比べてもやっぱり印象が違うのかどうかよくわからないのだけれど、多分違うのだろう。
少なくとも髪型が違うのはわかる。うん。

髪型が理由かどうかはわからないが(多分違う)、結局エプソンには落ち、ソニーの面接を受けるときには、反省を活かして髪型を変えて臨んだ。

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髪型を変えたおかげかはわからないが(多分違う)、ソニーに受かって先日のソニーインターンの話に繋がる、というわけ。

それから、インターンの面接以外にも、もうひとつ、もしかして見た目って面接の合否に関係してくるのかなあ?と思った話がある。
勝手に話に出して申し訳ないのだが、私の友達(現在大学4年)に、一年間就活に苦労していた人がいる。
彼女の談によると、書類はパスするが面接で落ちてしまうとのことだった。
結局はどうにか就職先は見つけたようだけれど、なかなかに苦労したようだった。
先日二人でごはんに行った際、「あまりにも恋愛しないので、親に結婚できないだろうと心配されている」と相談にのっていたときのこと、
メイクの話題になり、彼女に、その眉は手を入れているの?と聞かれた。
特に何も考えずに「毎日ってわけじゃないけど、面接の前とかには」と答えてから、はっと、そうか、彼女は面接の前だろうと眉は整えないのか、と思った。
それで面接の結果が変わるとは断言できないし、むしろ他の要素も絶対に影響しているとは思うのだが、逆に、眉を整えているかいないかが面接の結果に影響していないとも断言できない、と思った。

書類は通るが面接で落ちる人は、よく、「優秀だし学歴も申し分ないのだが、コミュニケーション能力がないとどうしようもない」と言われたりする。
果たして、彼女はコミュニケーション能力は低いのだろうか?
少なくとも私と話しているときの彼女は決して意思疎通の取れない人ではなく、むしろしっかり私の話を聞き、同時に自分の主張を自分の言葉で伝えてくれる人であって、私の基準では「コミュニケーション能力が低い」人には含まれない。
私は彼女の面接を見てはいないので、面接中は緊張などでだんまりになってしまっていた可能性は否定できない。
しかし、最終的に受かった企業の際の面接では担当者と雑談で盛り上がったらしいし、それを考えても、多少緊張はしても、ある程度はいつも通り話せていたのではないかと思う。
ろくに言葉を発せないとか、説明が省かれすぎていて、何を言っているのかさっぱりわからないとか、もっと致命的にコミュニケーション能力が低い人たちを私は見てきている。
おそらく、単純に言葉で意思疎通ができるかどうかで言ったら、むしろ彼女はかなりその能力は高い部類なのではないかと思う。

私が推測するに、「優秀だし学歴も申し分ないのだが、コミュニケーション能力がない」と言われるときの「コミュニケーション能力」というのは、私の思う「相手の発言を理解し、自分の考えを言語化して伝える能力」いわば、「言語的意思疎通能力」とは異なるものなのではないだろうか。
もしくは、異なるとまでは言わずとも、それ以外のものも含む、といったところかもしれない。
もっと具体的に言ってしまえば、清潔感のある髪型や服装、発言の内容に適した表情や姿勢、話す速さと音量。
別の言い換え方をすれば、身だしなみとか、見た目、形式的な部分、非言語的な表現。
それらを指して、「コミュニケーション能力」と呼んでいるのではないだろうか。
いや、私の考え方からしてみれば、それのどこが「コミュニケーション」なんじゃい、と、それらは意思疎通ではなかろう、と思うのだが、
きっと、人によっては、それらの形式的な部分を用いてコミュニケーションを取るのだ。
身だしなみに気を配った清潔な恰好は、あなたを歓迎したい、友好的な関係を築きたいというメッセージ。
表情は、伝えたいものを視覚的にわかりやすく伝える手段。
話す速さを音量は、相手に発言の内容をわかりやすく訴えるインターフェース。
多分、そういうことなのではないだろうか。

言葉でコミュニケーションを取る人間にとって、これらの非言語的な部分で相手からのメッセージを受け取り、自分からも発信するのは難しい。
そもそも見えてないのだから、どうしようもないといえばどうしようもない。
最初から見えている人たちほど完璧にこなすのはおそらく一生かかっても無理だろう。
しかし、それでも、面接のときは髪をしばろう、眉が隠れない髪型にしようとか、眉を整え、アイブロウをひいていこうとかであればできるだろうし、
効果の程度の保証はないものの、それはきっとしておいて損にはならないだろう。
男性の場合は、髪を短めにすることがそれに該当するのだろうか。

書いていてなんだか、人間って非合理的だなあ、と虚しい気持ちにはなるのだが、文句を言っていても面接に落ちるものは落ちるのだから、
インターンシップに行きたかったら、あるいは職を得たかったら、非合理的なものに思えても相手の基準に自分を合わせるしかないのだ。

ソニーインターン行って来ました

お久しぶりです。
2/13から3/3にかけての三週間、ソニーインターンに行っていました。
今日はその報告です。
といっても、王手企業だけあって、公開していい情報はほとんどないんだけど。

全体を総括すると、私にとってはとても快適で過ごしやすいインターンシップだった。
インターンシップ自体の感想はまたあとで詳細に書くとして、まあまずは時系列順に、応募・選考の話からしようと思う。

基本的にはエントリーシートを出して、面接をする、よくある形。
特徴的なのは、部署ごとの独立性が高く、各部署との面接を個別に行うところ。
これは私の推測なんだけど、書類審査をパスできるかどうかも、ひとつでもこちらのエントリーシートを見て面接したいと思ってくれる部署があるかどうか、という基準なのかもしれない。
そのぐらい、人事主導ではなく、各部署の希望を尊重する雰囲気だった。
面接も含め、終始、各部署と縁があるかどうかで完結している、というのは、私にとってはわかりやすくていい。

面接も人事の立ち会いのもと、主に各部署の技術者と応募者の二人の面談という形で行う。
応募の段階では、様々なコースから希望のものを選択するんだけど、希望の方向性の参考にする、という程度で、実際入ったあとコース名を聞くことはなかった。
私が希望したコースは「商品/サービス開発・設計(ソフトウェア)【BtoBビジネス】」(コースの詳細は以下)で、実際に配属されたのは、低レイヤーの開発だった。
https://www.sony.co.jp/united/curiosity-lab/internship/engineer.html

さて、実際のインターンシップなんだけど、とにかく余計なことに煩わされることなく業務に集中することができた。
インドのインターンシップはまあなかなかに苦労することが多くて、それもそれで勉強にはなったのだけれど、今回はその点は真逆で、人間関係でも、必要な機材や権限、情報でも、生活環境でも、ストレスというほどのストレスはまったくなかった。
わからないことがあれば質問すればその場で丁寧に教えてもらえるし、必要なものがあればチューターさんに報告するとすぐに手に入る。
社食は味も値段も栄養バランスもレパートリーも文句なしで、昼と夜は特に悩むことなくとにかく社食に行けば済む。
服装も特に規定はなく、私はジーパンとか、ブーツとかを着て、ときにはぬいぐるみを連れて通っていた。
こんなに甘やかされていいのかと不安になるぐらい、非常に快適で生産的な三週間だった。

私自身のインターンシップは上記のような感じだったけれども、インターンたちはそれぞれ異なる部署に行っていて、またそれぞれ異なる感想を持っただろうと思う。
他のインターン生や社員さんの様子を見ていると、どうやら、

  • 役職ではなくさん付けで呼び合う上下関係の緩い雰囲気
  • 服装等の自由さ
  • 自分の挑戦したいことを尊重し、応援してもらえる風土
  • 自分の予定に会わせた休暇のとりやすさ
  • 各部署の独立性

ソニー全体に共通する雰囲気であるようだった。
私は常に自分の意見がはっきりしているので、それを尊重してもらえるのはとても快適だと感じたけれど、向き不向きはあるかもしれない。
休暇のとりやすさは流石大企業、という企業としての体力の高さを感じたし、個々の意思を尊重してもらえる点には、逆に大企業でもそんな企業もあるんだな、という新たな発見だった。

特にソニーに入れ込んでインターン先を選んだわけではなかったのだけれど、こうして振り返ってみると、結果的にとても自分に合う企業に行かせてもらえたなという印象がある。
もちろん他の日本企業のインターンシップは行ったことないので、根拠はないんだけれど、なんとなく他の企業だったらもっと苦労していたのではないかという気がする。

これを読んで、自分にもソニーは合うなと思った人、合わないかもと思った人、色々いると思うけど、これからのインターンを考えている人たちの参考になれば幸いです。