コンパクトでない空間

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悪い夢は空に溶けて

 ドリームキャッチャーって知ってるかな。知ってる人もたくさんいそうだけど、知らない人がいてもおかしくないと思う。 蜘蛛の巣状に網がかけられた輪に、羽などの装飾品がついているぶらさがっていて、枕元に下げるお守り。 悪夢をキャッチして、悪夢が正夢になることから守ってくれるんだって。

 今日は、ただの平凡な人間が、平凡な日々の中で、素敵なドリームキャッチャーをもらったってお話。私の家の枕元にぶらさがってるドリームキャッチャーへのラブレターだ。

 ドリームキャッチャーをくれた友達は、それはもう個性的で、魅力的な人だ。 もともとは、彼はウェブで趣味で書いた小説を公開していて、私は彼に憧れるファンという関係だった。 最近の彼は、とあるゲームで、キャラクターと和解する方法に気づかずに殺してしまったことがすごくショックをうけていた。 ショックのあまり、ゲームを途中で放棄して、ずっと、このゲームは人にはお勧めできない、最悪の体験だ、なんて悪態をついていたけど、そこまでぶーたれるのも、このゲームの世界とキャラクターたちを愛してるからだと思うと、なんだか可笑しいし、愛おしい。 繊細で、優しくて、他人に真剣に優しくなれるぐらい強い、素敵な人だ。 ネットとリアルは分ける、がポリシーの彼だから、未だに会ったことがないのだけれど、そんなこと関係ないぐらい、とてもとても大切な私の友達だ。

 彼がドリームキャッチャーをくれたのは二年前の誕生日だったと思う。 なにか買ってあげるという彼に、私は、アクセサリーとかもっとかわいらしいものをねだったんだけど、そういうのはもっと大事なときに本当にいいやつをあげるものだ、と言って、却下されてしまった。 私があれやこれや提案しても結局話はまとまらなくて、貴方の好きなものでいいよ、と言ったら、彼はドリームキャッチャーを送ってきたんだ。 なんでドリームキャッチャーだったのかは、未だにわからない。 そのときは、民族調のもの好きなんだなー、程度にしか思ってなかった。 今思うと、なにかそれ以上の意図があったのかもしれない、という気もするし、考えすぎなのかもしれない。 きっと聞いたって照れちゃって冷たい返事しか返ってこないだろうから、聞いていない。

 ドリームキャッチャーは、私が大学に入学し、一人暮らしのアパートに引っ越す直前に実家に届いた。 そのときは入学後なのと引っ越しの前なのとで、いろいろと宅配が届くことが多くて、ドリームキャッチャーが届いた時も、きっとそういうののひとつだろうと思って受け取った。 見覚えのない差出人の名前に首を捻って、心当たりに思い至ったときの、あの気持ちをなんと表現すればいいだろうか。 あの頃はすっかり擦れて冷めてしまっていたから、長らく、期待に胸を膨らませるとか、心が躍るとか、そんな気持ちは経験してなくて、戸惑った。 段ボールを開ける間すら待ちきれない気持ちを、自分でわざと焦らして、あの人から送られたものなら包装だって宝物だから、段ボールすらできるだけ傷つけないようにように丁寧に開けた。 中に入っていたドリームキャッチャーは、私が既に持っていた小さいおもちゃみたいなそれと違って、天然の素材で作られた大きくて立派なものだった。 私なんかが触ったら穢れてしまうんじゃないかと、緊張してできるだけそうっとビニールから取り出したんだけど、ドリームキャッチャーは特に朽ちることも崩れることもなく、堂々とその立派な体を私の手に預けていた。

 ドリームキャッチャーは、すぐに私の新居に居を移した。 お父さんが、得意げに「便利なんだよ」と、超強力磁石つきフックをくれて、パイプのベッドにくっつけられたフックが彼専用の席になった。 ドリームキャッチャーに積もったほこりをふき取ってやるために、クイックルワイパーも買った。

 大学生活は概ね楽しかったけれど、しんどい時期だってあった。 学科は、——男子が多いので性別の壁が大きかったんだろうけれど——みんなよそよそしくてなかなか友達はできなかった。 サークルもほとんどが工学部の情報学科の人たちで、情報学科の男子達でまとまってしまうと、そこには私の入る余地はなかった。 疲れてもう頑張れないってときに、周りの頑張って成果をだしている学生たちを見れば凹んだし、そんなときには、暗い気分に溺れているような気もした。 自分のペースでいいよ、と言ってくれる友達でもいればよかったんだろうけど、そういう友達も当時はいなかったから、この暗い海の底で自分は一人ぼっちで、誰も助けに来てはくれないんだと思った。 誰も私のことは見ていないし、誉めても叱ってもくれないし、そしてそれはきっと私が人間として欠陥品だからなんだと思った。 そんなときに、クイックルワイパーを取り出してきて、ドリームキャッチャーのほこりを払っていると、少なくとも彼は私を見て、守ってくれているんだと思えた。

 でも、それは、昔の話。今は、溺れそうになったら助けてくれる友達もいるし、先生もいる。 ドリームキャッチャーにひっかかった悪夢は、朝日を浴びると消えてしまうらしい。 私をつなぎとめてくれていたドリームキャッチャーも、ようやく朝日を浴びて、積もった悪夢から解放されたのかもしれない。 しばらく掃除をしていないから、ドリームキャッチャーにもほこりがたまっているだろう。 日本に帰ったら、久々に感謝の気持ちを込めてドリームキャッチャーをきれいにしてあげようと思う。