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コンパクトでない空間

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日本とアメリカどちらでアカデミーに進むのか

アメリカ旅行記

今回はいよいよ本題、アメリカのポスドクがどういう人たちだったかという話。
この旅行でたくさんの先生方にお世話になって、
なれない外国での面倒を見ていただいたり、各大学を案内していただいたり、
相談に乗っていただいたり、こんなに甘えていいのかというぐらい親切にしていただいて、
なんて感謝を申し上げたらいいのかもわからない。
そんな贅沢な体験をして、それを私一人で独占して終わりというのももったいないので、
いろんな先生方の話をうかがい、ときに生活を見せていただいた中で私が学んだものを、
この記事で共有できたらいいなと思う。

今回は、博士を出たあとも大学で研究を続けている人の話に焦点を絞って、
日本とアメリカでその生活がどのぐらい違うのかを考えてみようと思う。

今までのシリーズはこちら アメリカ旅行記初回 前回(学部生編)

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ざっくり箇条書きでまとめると、こんな感じだ。

日本の大学

  • 大学運営の雑用が多い
  • 一度助教以上になれれば何年でもいられる
  • なので逆に昇進するのは難しく、大学間を移動しながら機会を伺うことになる
  • 准教授や教授は休みが少ない。土日は半分以上出張が入るし、夏休みはほぼない。
  • 独特の研究室制度・文化

アメリカの大学

  • 先生のすべきことはほぼ生徒の指導と研究のみ
  • 教育と研究どちらが重視されるかは大学とポジションによる
  • 成果を出しつづけなければパーマネントの職でも解雇もある
  • 同じ大学の内部で昇進していく
  • 休みが多い。セメスター間の休みが3ヶ月ぐらいある。
  • オフィスは他分野と同室。その他にも他分野との交流は多い
  • 監督の教授は大抵の場合丁寧に指導してくれる
  • 何年かポスドクをしたあと、民間に就職する人も多い

純粋に大学を教育機関、あるいは研究機関として見た場合、
日本はアメリカの大学に遅れをとっているのではないかという印象を受けた。

アメリカの大学の方が教授たちは(ものすごく忙しいらしいが忙しい中でもきちんと)研究の時間を確保できているし、
ポスドクは監督の教授から(大学や教授にもよるようだけれど日本と比較した傾向としては明らかに)丁寧な指導を受けられていて、
研究者にとって研究の環境としても教育を受ける環境としても
地位を得ることさえできるのなら魅力的なのではないかと思う。

東大からハーバードに移った方は、ハーバードでは物理と数学など近い分野同士は、
そもそも物理的に近くに配置されていて、交流も深く、その交流から生まれる発見もあるのだと言っていた。
その点、東大は物理と数学がそもそも違うキャンバスに配置されていてまったく交流がないらしい。
彼が言うには、ハーバードなどのやり方の方が研究にいい刺激があり、日本は遅れているんだそうだ。
ハーバードの寮はまったく異なる分野の学生を同室にするなんて話を聞いたことがあるが、
日本の大学では同じ指導教官に見てもらっている同じ分野の人たちが同じ研究室を利用するのに対して、
ハーバードやMITでは、同様に意図により同じ数学でもまったく異なる分野の人が同じオフィスに配置される。

研究室制度に慣れた私からすると、はじめて聞いたときはびっくりしたけれど、
確かに異なる分野で用いられている発想が自分の専門で活かされることがあるのは納得できる話で、
私なんかは絵を描くので、そのビジュアル的直感が(幾何以外でも!)数学に活かされることはよくある。

これは大学の方の話ではなくアメリカの社会の特徴だけれど、
民間に転職しようと思ったときに職があるというのも私にとっては魅力的で、
ポスドクになったものの、なんらかの事情でもっと給料のいい仕事に転職したいと思ったときに、
職をみつけるのがそんなに困難ではないし、PhDを持っていれば、
大抵相応のいい職につかせてもらえるらしい。
アカデミーで出世していけるかはやってみないとわからない。
そこでだめだったときに民間という受け皿があるとわかっていれば、
アカデミーの道を選ぶのもハードルが下がるような気がする。

民間ではなくアカデミーに進むような、研究が大好きな人たちからすれば、
日本の大学より研究成果を出すためにシステムが整備されたアメリカの大学の方が魅力的だと思うのだけれど、
意外なことに、MIT、ハーバード、コロンビアなど各名門大学を訪ねる中で、
日本人が少ないと感じた。
教授や准教授のリストなどに日本人の名前を一度も見ていない。
お会いした先生方に聞いても、みんな口を揃えて、 「日本人は来ても帰ってしまう」と言う。

その理由の一つは、この旅行で話を聞かせてくださった日本人の先生方が口をそろえて言う、
「日本の大学は日本語で世界の厳しい競争から守られている」
ということと関係があると思う。

というのは、英語を使っている大学では、世界から優秀な人材が集まっていて、
その厳しい競争に勝ち抜かないと職を得られない。
逆に、国内の大学で使われている言語は日本語で、
日本語ができない人材は日本の大学で職を得るのは難しい。
大学職員に限らず、日本の人材市場というのは言語の壁で世界の市場から隔離されている。
それがいいことであるかわるいことであるかは私にはわからないが。
日本のエンジニアの待遇は悪いといわれているが、大学では出世しやすいらしい。

もう一つの理由は、親の面倒を見に帰らなければいけない、ということだ。
the Graduate Center of CUNY(以降GC)で案内してくださったRadek先生によると、
GCにも日本人の数学研究者が一人いたが、彼も日本に帰ってしまったそうだ。
彼にはポストもあり、いたいと思えば仕事はあったはずなのに、
ご両親の体調不良を受けて、日本の大学に戻ったらしい。 ハーバードを案内してくださった日本人のポスドクの方も、
親の近くに住みたいから日本に戻ろうと思っているとおっしゃっていた。 親のために自分の人生を妥協するのだと思うと、なんとも変な感じもするけれど、
親の面倒は見なければならないし、連れても来られない、というのは現実的にとても大きい問題で、
日本でだって研究はできるとなれば、じゃあ帰ろうかともなるのかもしれない。

私の知っている日本の大学のドクターやポスドクはみんなとてもしんどそうで、
体調が悪いだとか、大学に行きたくない、バイトに行きたくない、だとか、あまり楽しそうに見えない。
アメリカで出会った先生方は、出会い方によるバイアスや、
数日やそこらでは見られない面があるという点もあるだろうけれど、
それを踏まえても、あまり生きるのが辛そうな人はいなかった。 みんな自分の人生に納得し、受け入れているように見えた。

一体何がその違いを作るのかは、きっと簡単に語れるものではないとは思うけれど、
最終的に「自分が幸せになれるか」で人生の選択を考えるのであれば、
アメリカの方が幸せになりやすい環境であるとは言えるのではないかと思う。 その時、常にネックになってくるのは語学だ。
漠然と「高度な英語が要求される」と思うのではなく、
実際にどういう場面で、どの能力がどのぐらい要求されるのか、
しっかり考えて英語を学んでいきたいと思う。

ちなみに、博士での留学については、
実際に博士課程の留学を体験された教授が詳細にわかりやすく
情報をまとめてくださっているブログがあるので、興味がある方は読んでみたらいいと思う。

http://jun.korenaga.com/?q=node/26